映画『君の名は。』で変わったのは過去ではなかった!?

 
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でるっクマ


湘南を拠点とする研究所RSEL、宇宙海賊団メンバーの1人(1匹?)。映画「君の名は。」に心打たれ、初回限定5枚組Blu-ray版を購入したやさしいクマ。独自の視点から、映画やアニメについて考察する記事を執筆している。

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(↓前回の記事はこちら↓)
【第4回】
映画『君の名は。』の
宮水家の系譜に秘められた謎とは!?

瀧君と三葉の、
お互いに「逢いたい」という想い。

先祖代々、
彗星隕石災害を防ぐという能力を受け継ぎ、
三葉にまでバトンリレーを繋げ切った、
宮水家の巫女達。宮水家1,200年の歴史。

その壮大なスケールで描かれた
一つの時空協働創造態の物語が、
映画『君の名は。』。

人の想いが重力となって時空を捻じ曲げ、
世界線を変えていく。

 

変化したのは、「過去」ではなく「今」

今回はこの時空の捻じ曲げについて、
もうちょっと話していくよ。

結局物語では、
彗星隕石災害によって
糸守町の人達が死亡する世界線から、
無事に被害を免れる
世界線にシフトしているよね。

瀧君は三葉の死亡に一度は直面するものの、
三葉への想いを腹に据え、
知行合一して英雄性を発揮して
突き進んでいく。

その結果、
三葉が生き残る世界線の記憶を
巻き取ることで再開を果たし、
ハッピーエンドを迎える。

この世界線のシフトによって
変わったのは何か?

それは、「過去」ではなく、「今」

 

「時間」ってなんだろう?

「時間」という概念をもう少し考えてみよう。

僕たちは、
時間は一方向に進むものだと思い込んでいる。

何故なら、カレンダーも時計も、
時間の概念を示すあらゆるもの全てが、
一方向(直線状)に
進むよう設計されているから。

確かに地球という惑星は、
太陽の周りを公転し自転を繰り返し、
1日を24時間、1年を365日という
リズム(=時間)感覚で
着実に時を刻んでいる。

でも、ちょっと待ってほしい。

人間に流れる時間と、
地球という惑星に流れる時間は、
必ずしも同じである必要は
あるのだろうか?

というよりも、
そもそも「過去」とか「未来」というものは
本当に存在しているのだろうか?

 

「過去」や「未来」は存在しない

時間が直線状に進んでいるのなら、
「過去」や「未来」が存在するはずだよね。

でも、
「過去」や「未来」ということを考える時、
僕たちはどうやって考えるだろう?

そう、必ず頭で考えている。

要は自分の勝手な解釈や思い込み、
自分から見た世界を作り上げ、

「あ~、あの時はこうだったな~。」

「もっとこうなったらいいな~。」

と想像している。

あえて言い切ってしまえば、
それは妄想の世界。

その頭の中で思い浮かべる人には、
「時間」が流れていない。止まっている。

つまりは完全情報と化している。

「未来」を想像する時はもっと分かりやすい。

それは何も発生していない
可能性の話であって、
全然リアルではないよね。

そう、ふと冷静に立ち返った時、

「過去」も「未来」もその両方が、
実はただ頭で考えただけの
妄想だという事実が分かるんだね。

ということは、
「時間」とはなんなんだろう?

それは、「今」の連続

常に「今」しかなくて、
「今」が絶えず揺らぎ変化し続けている。

そう捉えることの方が、
実はより現実的なんだね。

地球に流れる一方向の時間と、
常に「今」にあり続ける人間。

この時間感覚を異にする両者が
接地することで成立しているのが、
この現実世界だとしたら。

そして、その「今」に住む人体に
巻き取られているのが「記憶」だとしたら。

そう考えた時、
瀧君と三葉の話も分かりやすくなってくるね。

つまり、
度重なる瀧君と三葉の入れ替わりによって、
二人の記憶はどんどん濃くなり
解像度が上がっていった。

そして一定のラインを超えた時に、
糸守町が崩壊した「今」という記憶を
巻き取り続けていた瀧君と三葉が、

ある時、糸守町が存続する「今」という記憶を
巻き取り始めたということ。

そして社会人になった瀧君と三葉にも
この記憶は勿論巻き取られ、
目が合った時に
全てが繋がり想い出すに至った。

この世界線の切り替えを
表現しているシーンがここ。

 

「想い」は「記憶」として受け継がれる

お互いの名前(=固有名詞)は
ただの記録だったから、
想い出せなくなってしまった。

だけど「好きだ」という想いは
言葉になる前の感覚(=記憶)で
あるからこそ受け継がれ、

その想いを受け取ることで
三葉はお父さんと対峙し、
世界線が移行するに至った。

そしてその世界線の記憶が
クオンタムジャンプして、
「今」を生きる瀧君と三葉に
受け継がれたんだね。

本体と隕石に分かれ、逢えなくなり
お互いを想い出せなくなってしまった
英雄性(男性性)と女神性(女性性)。

「逢いたい」という想いを腹に据え、
お互いがお互いを想い出すことで、
隕石に分かれる前の状態を
「今」に呼び戻したと。

だいぶ長くなってしまったけど、
これが映画『君の名は。』の一通りの解説。

次回は最後に、エピローグという形で
もう少しだけお話しします!

(↓次の記事はこちら↓)
【第6回】
映画『君の名は。』は
ただの映画の話では終わらない!!
挿入歌「なんでもないや」の
隠された意味とは!?

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