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【幼児願望コラム第5弾】ウサギとカメの童話に隠された『戦争経済の作り方』

 
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マジ卍ーーーーッ!!!!
日本は空前の卍ブーム・・・ その裏で日本地図からしれっと消えようとしている卍の陰謀!知られざる「卍の謎」を探求し世に伝えていくという使命に燃えているなかで宇宙海賊団と出会った。謎の兄弟ユーチューバー!!!

◎ ボディフィギュアタイプ
さわまんじ(兄):「なでくるみ」型
なかまんじ(弟):「なでりフジポ猫春」の隠れ「洋ナシ」型

こんにちは。なか卍の『地球保育園連絡日誌』のお時間です。

5回目の今回は『幼児観望』が克服できて時空が上昇螺旋を描くまでをご紹介致します。

前回幼児観望がこの戦争経済のつくり方だというお話をしました。そう、『足りない病』です。

この『足りない病』を原動力に経済網を発達させた結果、常に何かが足りないことでしか成立しない戦争経済マトリックスが出来上がりました。

みなさんは不思議に思ったことはありませんか?

スマホの性能は年々ものすごいスピードで進歩するのに、なぜか耐久性だけが向上しないまま放置されていることに。

それは新品のスマホを買う人がある一定数存在しなければ成り立たたない市場の仕組みが、すでに出来上がっているからです。だからスマホはあらかじめ数年で壊れるよう設計され、過酷な労働を強いられる環境が戦争経済ピラミッドを支えています。

意図的に『足りない』状況を作り出し、それを満たすための生産をし続けることで維持される経済。いわゆる『消費』と『生産』の構造です。

フツーに考えたら、めっちゃおかしな話ですよね?

わざと建物に放火して、年中バケツリレーをしている町内会がいたら、フツー止めますよね?
「やべえ!バケツ足んねえよ!」
「・・・いや、放火やめよーよ」
こんな感じで。

残念ながら僕らの星で自称『大人』な人たちが巻き起こしている現象はそれとフラクタルです。この『足りない病』の発症をなんとかしない限り、戦争経済の現状を変えることはできません。

逆にこの『足りない病』を克服し、人と人が群れとして生きる関係性の科学をベースに経済を作って行けば、新しい人の棲む世界へと移行できるはず。

『周囲を利用して自己を満足させようとする観測状態』を克服して、『ありのままの自分を100%受け入れる』ことができれば、この星『地球保育園』に新しい文明を作ることも可能だということ。

ウサギとカメの幼児願望

ウサギとカメの童話、誰もが子供の頃に聞いたことがあるかと思います。

ウサギがカメにかけっこを挑み、カメが同意し、しかも勝つというお話です。


このお話をしてもらう時に「これは幼児観望についてのお話だよ〜」と言われた覚えのある方はおりますか?

・・・はい。おりませんね。

しかし、実はこれほど幼児観望とは何かを分かりやすく表現しているお話もありませんので、今日はこのウサギとカメのお話を通じて、幼児観望の臨場感を上げていただきたいと思います!

ウサギがカメを挑発した意図を読み解け!

『幼児観望』が未消化だと「ありのままの自分を100%受け入れられない」状態になる訳ですけど、これをこのウサギに当てはめてみると・・・

・・・あるところに、ウサギにしてはちょっとだけノロマなウサギがいました。

べつに誰からもバカにされたりするわけじゃないのに、ウサギは自分のノロマさをいつも気にして生きていました。

つまり「自分がウサギであることを100%受け入れられない」状態でした。

自分のノロマが気になってしまい、事あるごとに脳内にこびりついた劣等感を刺激されてしまう。

自分がウサギとして本当に価値があるのか」を、周囲を使って証明しなくては自分の存在に確証がもてない。

それでつい、言ってしまいました。

「どうしてそんなにノロいのか!」

あろうことかカメに向かって!!!

 

一緒にいた他のウサギ達はドン引きです。

「は!?こいつ何ゆうてるん?」
「カメやで?ノロいのはカメだからやで⁇」
「ちょ!え?その発想はなかったわ!哲学!?」

思わず全員関西弁で突っ込んでしまうほど、自然界のもちつもたれつの循環の中で生きるまともなウサギ達には理解しがたい発言でした。

しかしこの時のウサギは周囲の視線に気がつきません。自分自身をありのまま受け入れることができない『プライドとコンプレックスの振り子』が脳内で揺れ動いており、なんとしても自分よりも劣った存在へ意地悪し、優越感を感じたい。自分という存在を確認したかったのである。

この不幸が分かりますか?

『カメを見下さないと自分がウサギだと確信できない』

このウサギのワガママな幼児観望が。

ウサギもウサギならカメもカメ

「どうしてそんなにノロいのか!」

こうウサギに言われたカメ。

本来ならば「は?だってカメやもん。あんた何ゆうてるん?」と言えば済んだのです。

が、このカメは違いました・・・。

・・・このカメは、カメにしてはちょっとだけ素早かったのです。

しかし誰もそんなことは気にしません。カメですので、ちょっとくらい素早くてもカメはカメ。ノロマに決まってます。

しかしカメはそのことが不満でした。「カメにしてはちょっぴり素早い自分を褒めてほしい」といつも思っていました。

そう、このカメもまた『自分がカメであることを100%受け入れられていないカメ』でした。
ですので、見事挑発に乗ってしまいます。

「何をおっしゃるウサギさん!」

ウサギの発言にコンプレックスを刺激され、プライドを傷つけられまいと過剰に反応し、挑発に乗ってしまったのでした。

もしカメにぬくもりの体感が育っていれば、ウサギの劣等感や卑しさがよく見えたことでしょう。

しかしこのカメにはウサギの幼児観望が見えなかった。なぜなら自分も幼児観望が未消化なまま脳内にこびりついていたからです。いつも自分と周囲を比較し、存在を確認していました。

「ウサギに見下されたままでは自分が保てない」

そんな不幸なカメだったのです。

レースに勝者はいない

どの絵本の中でも、レースに勝つのはカメの方です。
圧倒的弱者が強者に勝つ、というエンタメ化された結末ですが、この2人がレースなどしている間にも、幼児観望を克服しているウサギ達やカメ達は、たっぷり昼寝し、ゆっくり誰と争うこともなく平和に暮らしていたはずです。

なんの生産をした訳でもないこのレースは、種族にとっては無くても同じです。
ただお互いのプライドとコンプレックスの振り子を振っていただけ。
結局は、ウサギもカメもありのままの自分を認めるどころか、プライドとコンプレックスを脳内でひと回り大きくしただけでしょう。

そんなありもしない『自分』を立ち上げることにひたすらカロリーを使い、種族のために役に立つ発見や創造に貢献する『大人』のスイッチからは、むしろ遠ざかってしまいましたとさ。

良い子は真似しないでねっ。

『理想の自分』が不幸のはじまり

ありのままの自分自身を受け入れられない人たちがよくハマってしまう罠。
これが『理想の自分』という自己像を脳内で設定することです。

今の自分を受け入れられず、それとかけ離れた理想の自分を脳内で想像し、現状の自分の至らなさから逃避し、安易に自己愛を満たそうとする行為。
心理学やスピリチュアリズム、自己啓発などに多いやり方です。

現実の自分よりも、脳内VRである理想の自分の方がリアリティを持ってしまうわけです。

もうお分かりですね。
これはカメに勝つことでウサギであることを肯定しようとするウサギさんの心理と重なります。

大事なのは『何かが足りない』と思い込むことではなく、『何かが余計だ』ということに気付くことです。

ウサギとカメを苦しめているのは『理想の自分になれない』からなのではなく、『理想の自分にならないと今現在の関係性をありのまま受け入れられないという思い込み』の方なのです。

もしウサギとカメが幼児観望を満たしたら?

もしウサギとカメが幼児観望を克服して種族保存のスイッチがOnになったらどうなるのでしょう?

・・・ある日ウサギは気がつきます。
「確かに僕はノロマだ。でも手先が他のウサギよりも器用じゃないか。だったら巣の手入れをやろう!」

それまで素早く動ける理想の自分『ないものねだり』していたウサギは、ノロマな自分を受け入れることで、じっくりひとつの物事に集中することができるという長所に気がついたのでした。

それからウサギは、素早く動き回る他のウサギでは気づかないような巣の穴や窪みを修理し始めました。
これにより小ウサギが巣の中でつまづいて怪我をすることがなくなり、ウサギは感謝されました。

「自分のためじゃなくて、周りから望まれていることをやればいいんだ」

そのことに気づいたウサギは、以来、巣の修理名人として種族の役に立つ一生を遂げましたとさ。

・・・一方同じ頃、カメもまたあることに気がつきました。

「確かに僕の短い手足じゃいくら素早く動かしても速く移動できない。でもこの動きを甲羅磨きに活かせばいいじゃないか!」

カメは手足をワイパーのように素早く動かせることに気づき、それを活かす方法を考えました。
移動ではノロマですが、甲羅磨きならば大いに役に立ちそうです。

以来、カメは他のカメの甲羅をせっせと磨きはじめました。
カメの甲羅磨きは他のどのカメよりも早くて仕上がりが綺麗だと評判になりました。

「自分のためじゃなくて、誰かの望みを叶えるために働けば良かったんだ」

以来、カメは甲羅磨き名人として種族のために一生を遂げましたとさ。

幼児観望の克服は、光と影に気づくこと

物事には影があれば、かならず光があります。

幼児願望に関してもそれは同じです。自分の影の部分だけでなく、同時に存在している光を見れるかどうか。それが理想の自分というありもしない偶像にひっぱられず、ありのままの自分を受け入れられるかどうかの分かれ道です。

この世の中に、影だけ、というのはありえません。ノロマなウサギやカメでも、自分という存在の見方を変えることで、関係性の中で輝く方法を見つけることができました。

そのカギとなるのが、外向き矢印です。
どんな能力を持っていたとしても、それを自分のために使っていては輝きません。なぜなら自分というものは、脳の自我フレームが立ち上げているVRであり、ひとつの思い込みに過ぎないからです。

そんな仮想現実にすぎない自分のためでは無く、目の前の人・物・場所の関係性を良くすること。それが生きる意味です。
そのことに気がついて実践できるかどうかが、人生の分かれ道。

ウサギとカメのように無意味な競争をしている自分に出会った時は、一方向的なジャッジで自分の劣等感に縛り付けられていないかどうかを、よくよく確認してみて下さい。

次回⇨

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