2017/12/24

【ネタバレ】「スター・ウォーズ8/最後のジェダイ」感想。老いぼれルークの背中から学べること考察

 

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湘南でがんばってます。

やぁ、りんたろう(@sekirintaro)だよ。

ついに公開されたね。

スターウォーズ Episode8「最後のジェダイ」

どうやらスターウォーズファンの間でも評価が別れてる作品みたいだけど・・・w

まぁ個人的な好みはどうであれ、

今回のストーリーの魅力は、なんといっても

スターウォーズの根幹となる概念「ジェダイ」とは「フォース」とは何なのか・・・

この原点に改めて深く迫った作品であるということ。

 

この観点を踏まえて観ると、Episode8の深みが増してくると思うよ。

そのためには、「フォースは所有を拒む」という概念への理解が鍵となってくる。

・・・あ、がっつりネタバレ含むので、見てない人はいったんブックマークして、映画館にGO!!

 

まーでも、この記事を見てから映画を見たほうが楽しめるような気もするけどね!

その判断は君のフォースに委ねることにしよう。

 

 英雄ルークの懺悔

やはり、今回誰もが楽しみにしていたのは  、前作Episode7では最後にチョロっと登場して終わった伝説のジェダイ・ルークが何を語るのかってところだよね。

 

それは、ベン・ソロ(カイロレン)含め12人の愛弟子たちと、ジェダイ寺院を運営したいたルーク・スカイウォーカーの悲哀に満ちた過去だった。

ジェダイとして英雄となった自分自身が『伝説化=神格化=偶像化』したことによって、結果的にベンをダークフォースへと導く手助けをしてしまったことに深い後悔の念と大きな喪失感を抱えていたのだ。

弟子の数が、イエスの12使徒と重なるように、現代においても「神」「イエス・キリスト」「聖書」といった固有の名詞や形式(フォーム)=完全情報の重要性が高まることで、その神格化は一人歩き(暴走=亜空間化)をはじめ、結果的に争いや破滅にも結びついてしまう。

本来は平和を願うための教えや信仰が、偶像化することで「正義vs正義」という宗教戦争へと発展したきた僕らの歴史的事実へのメタファーを含ませつつ、ルークは語る。

偶像(ジェダイ)を作ってしまったのは「偽善」と「傲慢」

ルーク

それによって父アナキンも闇落ち、ダース・ベイダーと化してしまった。すべては人間の弱さが生み出した結果。そんな諸悪の根源となりうる偶像(ジェダイ)など滅びるべきなのだと。

 

そんなやさぐれたルークの前に、かつての恩師マスター・ヨーダが霊体として姿をあらわした。

ルークは、ベンを育てながらも彼の中に潜む闇が膨らんでいくことに恐怖を感じてしまったのだろう。

しかし、その根底には伝説のジェダイとして崇められる周囲からの期待、その過剰ポテンシャルによって、自身の脳内自我フレームの振り子を揺り動かし、その立場=最後のジェダイという称号(固定点)を所有してしまうことで、フォースそのものを所有=完全情報として捉えてしまった「老年シニアの奢り」があった。

そんな自分の愚かさに薄々気づいていたからこそ、ジェダイ教育からは退き、小さな島でセミリタイアというダサい始末。

こんなもの(伝説)があるからいかんのだと、ジェダイこそ悪の元凶なのだと、師ヨーダにまでも吐き捨てる。

しかし、そんなルークをあざ笑うように、ヨーダ自らジェダイの聖地を破壊し、燃やし尽くしてしまった。

慌てふためくルークに、ヨーダは冷静に諭すように話す。

カビ臭い本など忘れてしまえ!てゆーか読んだのか?・・・退屈なだけじゃろう。

ヨーダ

ジェダイという世間的な「肩書き」や「立場」「伝説」

「バイブル」や「聖地」が大事なのではない。本質はそこにはない。

知恵(形式知)は確かに役には立つ場面もある。しかし、それはあの娘(レイ=次世代の可能性)に勝るものではない。

ヨーダ

親から子へ、師から弟子へ、世代を超えて紡がれていく終わりなきバトンリレー。

この瞳の奥の連鎖にこそフォースは流れているのであり

肩書きや形式、書物や聖地にフォースの流れが所有できるのではないのだと・・・ヨーダは深い微笑みを浮かべた。

 

この「フォースを単なるフォームとして所有しようとした驕り」こそが暗黒面ダークサイドへの入り口であったことの再確認と懺悔こそが

episode8の根底を為すロゴスなのである。

 

そんなルーク自身の経験を込め、新ジェダイとなるレイへ語られる。

フォースとはジェダイのもの(所有物)じゃない。それは万物を繋ぐために、ただそこに在るものに過ぎない。

ルーク

 

「所有」と「恐怖」

僕らが暮らす現代にも、あらゆる「所有」が暗黒面への入り口として渦巻いている。

お金の所有

家族の所有

職業の所有

成功の所有

権威の所有

自己の所有

あらゆる「所有」は、自己が保たれる安心感を与えてくれるが、同時に「それが手放されてしまうことへの恐怖」を常に含んで存在している。

そんな人類の醜い所有欲が、悲しい争いの歴史を刻んできた。

私の幸せ、私のやりがい、私の出世、私の人生、私の命、私の、私の・・・

人類の欲望はとどまることを知らず、そんな自己保存欲求(エゴ)を満たすために科学を発展させ続ける滑稽な姿が現実でも加速している。

最終的には「死」という強制デフォルトによって、すべての所有は解除されるはめになるというのに。

 

Episode1の頃から、もう母に会えないのではないかという恐れ(家族愛の所有)を抱きながら、ジェダイを志そうとしている幼きアナキンに対して、ヨーダは忠告していた。一見、美しく見える愛すらも、裏には弱さと恐怖を秘めているのだと・・・

恐怖は暗黒面に繋がっている。恐怖は怒りへ、怒りは憎しみへ、憎しみは苦痛へと繋がる。アナキン・・・お前には恐れがある。

ヨーダ

 

愛弟子ベンを導けなかった経験から、大切に想うあまり、その責任と自己重要性を所有してしまった自身の弱さと愚かさをルークは省みていた。

そんな自分に新たなジェダイを教育することなどできないのではないかと・・・

しかし、それすらも老年の奢りであり、自身のジェダイとしての立場を分離させて認識してしまった驕り、その脳内の固定点からきていることを瞬時に見抜いたヨーダは、微笑みながらこう返す。

お前のその「弱さ」と「愚かさ」を、次なるジェダイたちに見せてやれ。失敗は、最高の教師となる。

ヨーダ

そう、次世代に教えられることは、カッコいい「強さ」や、熟練の「経験」だけではない。

英雄として讃えられるよりも、自ら踏み台となって、弟子に超えてもらってこそ真のジェダイ・マスター。

英雄ルーク・スカイウォーカーの物語はepisode6でとっくに終了しているのだ!ひよった白髪ジジイは、かっこつけずに「しくじり先生」やらんかい!と背中を押され・・・

何やかんやゆーて「ジェダイ」にしがみついていた自分自身を、師ヨーダに突きつけられたルークから迷いは消え、ついに吹っ切れた。

 

他でもない自分自身が『伝説化=偶像化』されたジェダイMasterという型に囚われたゆえに、愛弟子を導き損ねた後悔・・・

そんな彼個人の悲哀など尻目に、もっと大きな秩序(バランスへの回帰)が、レイという新世代の存在を繋ぎ、悲哀ジジイの重たいシニアの扉を、無情にもこじ開けてくる。

これは、「世代交代」というものは、老齢者の準備万端にて引導が渡されるものではないというロゴスを表現している。

そして、これと重なるようにして、ダークサイド面でも世代交代という循環が、諸行無常に遂行されていた。

 

改めて、episode8の見所とは・・・

 

「フォースと共にあらんことを。」

 

スターウォーズファンなら一度は呟いたことがあるだろう、おなじみのこのセリフ。

「より強いフォースを手に入れよ!」ではなく「ただ共に在り続けよ」と一貫して説かれてきたこのコトバの奥行きが意味するものとは

私たちが地球の回転をコントロールできるはずもないように

秩序をコントロールすることなどできないように

フォースもまた我々の所有物として存在していない。

その導きは、ダークサイドにしろライトサイドにしろ、権威者の個人的情緒や歩幅になど合わせてなどくれやしないという「フォースの威厳」

だからこそジェダイといえど驕ってはならず、その大いなる秩序を信じ委ねる強さを持つこと。それが、予言にあった「フォースにバランス(秩序)をもたらす=取り戻す存在」の意味。

そんな内的秩序の残酷な峻厳さとフォースの真意を、改めて縁どる作風となったのが今回のEP8の醍醐味だろう。

 

その隠喩として、終盤に展開される赤い塩をまき散らし渇いた大地にその軌跡を飛行船で刻みつけていくシーン。

今回のタイトルロゴカラーでもある赤は「血」を連想させ、

赤い血とは「死」と「誕生」を結びつけるロゴスであり、怒りや闘争、そして血縁を感じさせる色でもある。

その「血」をまき散らすゆえに、我々は「血縁への期待」と「執着」ゆえに復讐劇の連鎖を愚かに止められない。

そんな負のスパイラルを止める唯一の力とは、肉親を理不尽に失った悲哀を、闘争力(憎しみ)ではなく救出力(ぬくもり)に昇華させていく以外にないというメタファーを込めたシーンが次々と展開されていく。

 

ジェダイが積み重ねた予定調和に固執し、形骸化した結果、若い世代が生き残っていけない現状とあれば、

たとえ醜態であろうとも、偉大な立場や歴史的遺産だろうと、平然とかなぐり捨ててでも、次世代という光を救出して生き延びさせようとする「我武者羅な姿」それこそが世代交代という「フォースの峻厳な光」=最大の重荷を背負うジェダイマスターの背中なのだと、マスター・ヨーダは説く。

 

伝説のジェダイ=ヒーローとして死ぬことよりも

自らの世代が積み上げてしまった「愚かさ」や「弱さ」をさらけ出せ!

これは、映画の話にとどまるものではなく、7000年も続いてきた戦争経済という暗黒面の歴史に対して、我々が問われていることでもあるということ。

被害者ヅラしてんじゃねぇ!

全部お前たちの星で起こっていることだろうが!

人類一人ひとりの無知さ、弱さ、その小さな恐怖と欲望が積み上がった結果なんだから、せめてカッコ悪い背中を必死に見せやがれ!

と、ポップコーン片手にのほほんと映画を見ている僕らにも叱咤するかのように

ルーク・スカイウォーカーは、愛弟子カイロ・レンとの対決に挑む!そのあり方で、しくじり先生の背中=威厳を示してくれた。

 

・・・それはなんと

自身の老年さゆえに、もうすでに実戦では勝てないと解っていたので「直接生身で対決しない」というスターウォーズ史上前代未聞のジェダイらしくないある種の卑怯なテクニカル戦法を選択したのだ。笑

 

しかしその結果・・・

朝日が昇ると共に、ルークはフォースに導かれ、爽やかに絶望し、微笑みながら安らかに逝った。

 

「英雄ルーク」という称号などかなぐり捨て、哀しみ、愛しさ、いろんな想いを胸に抱き、たとえカッコ悪い姿であろうとも愛弟子と向き合ったそのガムシャラさは、(そんな戦い方ありかよー!と、この映画が賛否両論を呼んだ一つの原因にもなりながらもw)

その自己保存(自我フレーム)を超越した種族保存、そのバトンリレーという次世代を想う背中=光(ぬくもり)は

ひとつの新たな神話として語り継がれ

遠く離れた星に暮らす(フラクタルに重なる)少年に

流星と共にクォンタムジャンプ(量子飛躍)

その意思は時空を超え、受け継がれていく。

この光の巡り、銀河の回転はEpisode9へと続くであろう。

 

私たちの暮らす現実の地球における「世代交代」も

同じように、ダークサイドとライトサイド共に目まぐるしい循環を続けている。

そんな時空フォトンバトルロワイアルの渦中にいる我々も

老いぼれルークじぃさん同様に、自分たちの世代の「無知と偽善」

その自惚れを潔く認めて

過去の栄光などかなぐり捨て

そして、フォース(触覚静電気)に委ね

人体という秩序に委ねることで

闊達なヨーダの微笑みが意味する

真の叡智を次世代に託していく。

私も、この時代を生きる一員として懺悔の背中をガムシャラに見せ、せめて良質な踏み台くらいにはなりたいなと

そんなことを考えさせられる作品でした。

 

May the Force be with you.

(フォースと共に、あらんことを。)

 

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