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#335 神回Φマスター響の徒手療法家ぶった斬り‼️ 柔整鍼灸師、指圧師や整体師やセラピスト、〇〇療法家の皆さんハッキリ言って、【全員技術酔いで腐ってるポヨ】の話

 
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イソロク隊長

Master今日はボディフィギュアセオリーの公開記念にあたって、

世の中で言う整体とか東洋医学、ボディケアとか、指圧とか、
「体」大事ですよねって言う空気出して、自分の世界を作っている人達について語ります。

アーユルヴェーダとヨガ系もそうですね。

結構、「体」大事なのわかっていますけど何か?みたいな。

「あ、チャクラですか?」とかそういう感じ。

「経絡ですねー」とか。色々専門用語はあるわけですよ。

オステオパシーとか足つぼとかリフレクソロジーとか。

まあ、うんこなんですよ。今まで見てきたもの、知っている範囲でもロクでもない業界なんですよ。

まず、何がロクでも無いかというと、整体協会のある種の創始者である野口晴哉先生を殺した業界ですからね。

元々の歴史がありまして、

手を使って人の健康を支援するという業界で、マッサージとか、指圧とか、按摩とか、整体とか、骨格矯正など、全部手を使って、人の健康を支援する、助ける。

これらを徒手療法といいます。

徒手療法の元々のはじまりというのは、土着というか、民間信仰とかいろいろな村々で俗に言うシャーマン的なモノがあり、

手当てというものがあって、気功的なものもそうだし、お手当するという言葉があるように、針とか按摩とか鍼灸が入ってくる前から、

日本にはそういうものはあったし、それは世界中にあるものでもあるし、

シャーマニズム的な文化とか、カルチャーが根付いたネイティブなものというのは、全部そういうモノがあるわけなんです。

どんな人種であろうとみんな手は持っているわけで、

この手を使って人の体を病気や病や怪我でもなんでも、どうにかしたいと思うのは、人の自然な気持ちじゃないですか。

痛いところあったら擦ってあげたくなるとか、自分も痛かったら擦ってみるとか、痛かったらついつい手が行ってしまうというのはみんな感じていると思うんです。

それが元々の起源であって、そういう流れが世界中にあって、日本でいうと徒手療法と呼ばれるようなものは全国にあらゆる方向であったんですよ。

それが一番盛り上がったのが、あの「スピリチュアル斬りセミナー」の中でもあった、霊学ブーム

これが明治から大正にかけて起こった。

レイキという言葉も世界中にあるように、「霊学」というものがあって、気学とか、徒手療法もそこに重なっていって、すごいムーブメントが起きたわけなんですよ。

で、そのムーブメントが起きた理由が、第一次世界大戦と第二次世界大戦と、戦争に巻き込まれた日本という現状とか空気感があったわけなんですよ。

その中で、何かしらすがるモノが欲しかったり、日本という国体が危なくなっていた時代で、西洋のものもどんどん入ってくるし、

自分達って何なんだろと国民としてのアイデンティティを揺さぶられた隙間に、色々な霊学や、その界隈の中で、カリスマ性のある猛者が全国から出てきていて、色々なヤバいやつ、

ある種の「霊学の大航海時代」みたいな感じで、色々なルーキーからレジェンダリー的な人間が跋扈した時代があったんですよ。

そういう時代の中で、何が一番転機になったかというと、やっぱり戦争に負けた、第二次世界大戦の敗戦が鍵になっていて、

敗戦を期にGHQが調査した時に、徒手療法とか民間療法というものが日本にすごく根付いているということがわかりました。

問題点は何かというと、医悪権益なんですよ。

病院というものを作った時に、これでは薬が売れないじゃないかと。それを牽制するための、方法論が法律を作るということだったんですよ。

その法律が何かと言うと、徒手療法のレジェンダリー、霊学も含めてなんですけど、それを弾圧することだったんですよ。

腕の良い徒手療法者、つまり、薬とか西洋医学に頼らなくても、結果を出していた様な流派とか、その界隈で有名な者に対して、後継者は作ってはなりませんと。

妥協案として、今存続しているあなた達は、仕事は続けても良いでしょう、ただしこれは、受け継がせるのはダメです。

受け継がせた段階で違法にします、と。

で、何が起こったかというと、その後出来たのが「按摩指圧マッサージ師」という、徒手療法を国家資格化しようという流れが出来たんですよ。

そして、その言い訳がすごいんだけど、霊学ブームとかその時代でも、徒手療法は盲目の人、

目が見えない人のための仕事として用意されていたと、そんなものは昔から変わらないんだけど、

でも、そういう人達の仕事を奪っているじゃないかという無理のある論理で、それを法的に規制したんですよ。

規制したことによって、何が起きたかというと、徒手療法者という枠を設けた時に、

徒手療法が、「按摩指圧マッサージ師」という言葉の中に、整体という言葉も入っていなければならないはずだったのに、

整体とか、リフレクソロジーとかボディケアとか、世の中で言われるセラピスト的なものは一切入っていないんですよ。

なぜかというと、国家レベルで認定する療法が何かということを国の最高位の法的機関で、ディスカッションしたことがあったのですが、

その時に呼ばれたのが霊学とかの一番の上位者達が呼ばれた。

あらゆる全国の猛者たちが呼ばれて、ではやってみなさいと。

ここで最も恐れられたのが、野口晴哉先生なんだけど、なぜかこの時に野口先生が呼ばれなかったんですよ。

その理由が、野口昭子という野口先生が娶った妻の存在だったんですよ。その存在は、近衛家といって、当時の内閣総理大臣の娘だったわけなんですよ。

で、近衛文麿というのは、戦争に負けるということがわかって自殺しているんですよ。

その自殺の経緯が野口昭子さんの自伝には書いてあるんですよ。

近衛文麿首相は何を隠そう、めちゃくちゃ野口晴哉先生のことを尊敬していたんですよ。

30歳くらい違う若造をリスペクトして最後まで、意見を求めたんですよ。

色々な件について、「晴哉くんはどう思う?」という様な関係性だったんです。

で、その中で、戦争に負けたからこそ、戦犯責任というのは、その当時の首相にもあった。でも「俺は裁判に掛けられたくない。」と自殺したんですよ。

サムライスピリッツ、日本人の志士として、こんな事はあってはならないと。

結局は賛否両論なわけなんですよ。

「逃げたんじゃないかとか。」色々な言い分があるけど、実はその不文律の中にあって、側にいた人たちにしかわからない空気感とか、本質的な機微というのはある訳なんですよ。

その近衛家の失墜というモノがあって、その中で、野口晴哉の存在を煙たがってた人が、その当時の政治、要は自民党の中に入っていたんですよ。

だから、野口晴哉を表に出すことと言うのは、近衛家のスキャンダルを表にも出すことになるから、それはあってはならないから、あいつは選ぶのは止めようという流れがあったわけなんですよ。

そこに滑り込んで来たのが、「指圧の心は母心」のジェット波越さんという昔「元気の出るテレビ」とかに出ていた人なんですよ。

そのジェット波越さんというのは、腕は、はっきり言って野口先生と比べると3流、4流と言われていたんですよ。

でも、政治力があった。なぜかというと、自民党などの政治家の中で、よく接待をしていたし、飼い犬になって、言われる通りにすると。

それで、恰幅が良いというか、呑気とも言えるけど、それでポンポン話が進んで行ったわけなんですよ。

野口先生の部分は何回かテストされたけど、たぶん意地悪な斜に構えた実験をされて、

「これは意味ないね」みたいな感じで、野口先生は勘が良いから、察して、これは通らないなと。その時点から治療を捨てているんですよ。

あの方が治療を捨てて、一対一で施術をしなくなったんですよ。

その時に察した、俺は時代に殺されたと

これは、負け戦で、出来レースだから、俺は全く違う方法を考えようと言って考え出したのが、活元運動」で、どんどん「潜在意識教育」とか教育の方へシフトしていった。

その時、野口先生は潰れると思われていた訳なんですけど、

やっぱり、あの人の人間的魅力と、教えていることの深みと、美しさがあるから、

常にコアなファンがいて、それに支えられて、なんだかんだと言って野口晴哉は残っているわけなんですよ。

結局、ここに届いていることも、俺にも届いていることもそうだし。

だけど、その歴史ってほとんど出てこなくて、野口先生の当時のスキャンダルの話もほとんど出ないんですよ。

それはなぜかというと、近衛家が今も日本の上位で牛耳っているからなんですよ。

実はもう天竜人なんですよ。

貴族でなんだかんだすごい力を持っているから、あってはならない歴史であって、それがオフィシャルな歴史の一部として認識されないようになっているわけ。

徒手療法の一つの長い歴史があって、指圧マッサージ師とか、霊学の玉石混交だった世界で、

本質的な教育として残そうとした野口先生がその本流から外れた状態から始まった世界が、今のマッサージとか整体とかいうガシャガシャした世界なんですよ。

柔整師とか、接骨院とかもあるけど、この界隈はどんどん分断されていって、

全部が個人戦になって、流派に拘っていって腐っていった世界なんですよ。

だから、どこに行こうが誰につこうが、みんな腐っていて、根無し草になってしまっていて、

でもそのルーツを辿ると、霊学ブームのレジェンダリー達が築き上げた、”人間存在への鋭い洞察”というのが根っこにある。

その洞察力を、一番現代でも通用するレベルまで研ぎ澄ましたのが野口先生で、

野口先生がついた、松本さんていうのがいるんだけど、その人もやばい人で、肥田春充さんも含めて、

あの頃は超人の罠にハマった人達がたくさんいるんですよ。

超人が揃いすぎてしまっていた。

でも超人と言えども戦争には勝てなかったと。

戦争に負けた歴史があって、医悪権益が入ってきて、ワクチンや薬の利権が入って来て、

日本がどんどん西洋化していってという歴史があって、徒手療法者が側にいるということがなくなってきた。

徒手療法者で手当をする先生が自然に側にいるということがなくなってきた。

医者と言えば昔は袴を着ていたけど白衣に変わってしまった。

ドラマ「仁」なんかを見ればわかるけど、お医者さんは袴や和服を着ていて、昭和の初期くらいまでは、それが当たり前だった。

そういう時代があったんだけど、いつの間にか白衣に変わったというのが、

正にGHQの介入によって、まあ東洋医学の持っているパワーを根こそぎ抜き取られたわけなんですよ。

その中で麻というものもあったんですよ。

ヘンプの問題もあって、麻も民間療法で多く使われていて、当たり前のように、色々なモノで重宝されていたのも事実であって、

それを資源として目をつけられると困るからといって、GHQがどんどん封印したという流れもあって、

その中で一番奪われて来たのが日本人の身体文化大きく捉えれば。

下駄から、着物から、蹲踞もそうだし、下腹重心的な感覚もそうだし、気配を読み取る気の感覚もそうだし、寺子屋文化もそうだし、

もっともっと身近にあったんだけど、GHQの法的整備と自民党の50年体制のスタートによって、

新しいアメポンの形が、一気に高度経済成長と共に作られて、

グリッドの自動車昆虫がどんどん蔓延る日本の社会が見事に出来上がったわけなんですよ。

映画「三丁目の夕日」の様に、東京タワーが建って、新幹線が走って、カラーテレビが出来て、というのがうわーっと来るわけ。

そして、だんだん今の日本の礎が作られたという流れがありました。

その後、一旦その成長がおちついて、西洋医学がおかしいだろというブームが来ました。

その時に代替療法のブームも来て、その中でまた体に目を向ける人たちが出てきました。

ある種の内海さん的な。

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内海聡ー
Wikipedia
https://goo.gl/p5gnDD
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そういう人たちが、西洋医学の間違いを説くから、みんなが代替療法を探すようになるわけ。

でも、その中は色々なモノが混ざりまくっていて、玉石混交で、何が本当に良くて、何が良くないのかはわからないっていう状況だと思うんですよ。

これらの整体とか徒手療法的な分野を私が見たときに、一番、「違う」と感じたことは、

相手の症状を変えますとか、良くしますということを目的にはしているんだけど、

その症状の原因を遡っていくと、感じ合う、学び合う、教え合う、働き合うの「感じ合うが出来ていないから、

野口先生も自分もなんだけど、患者さんを前にした時に、その人が感じ合えていないことを感じてあげることで体が回復するんだよね。

だけど、本人が感じ合えていないから、いずれ本人の悪い観測者効果というか、

重心が崩れた観測者効果を繰り返して元に戻っていくということなの。

治療家の静電気的な回転数が高ければ高いほど、それが長いこと保てるということで、それが治療家の腕でもあるわけ。

でも本質的に見ると、結局は、どんな優秀な治療家であったとしても、

本人の観測者効果としての、「感じ合おう」とするっていうことが重要。

重心論に結局は戻ってしまうんだけど、整体の操法でもそうなんだけど、技術で相手の重心を一時的に下げてあげることは出来るんですよ。

でも下がるんだけど、なぜか戻ってしまう。

それがなぜかということを、発見したんだけど、

それが結局は時間ということだし、関係性であり、記憶ということなんだけど、

俺が気がついたことは、その人の体が不調なのは、その人の人体の動作とか、観測者効果もめちゃくちゃ影響しているんだけど、

その観測者効果とか重心が上がってしまう状態をロックしている、グリップしているのは、

実は周囲の人、モノ、場所なんですよ。

野口先生もそこまで気がついて、掴んでいて教えていたと思うけど、掴めていた人は少ない。

だから、治療をやめた。

私もそれに気がついていて、明らかにこれは、この人の頭の先っぽでグリップされているものじゃないぞと。

呪縛なんですよ。

野口先生もそれは語っていて、世の中全てが金縛りだと。

全部が自分で自分に暗示を掛けていて、それぞれが暗示を掛け合っているんだと。

俺はそれの角度をちょっと変えるだけだと。

で本人は「治って良かった」というけど、また時間が経つと別の暗示を食べてくると言う話なんですよ。

だから、世の中全ての暗示を解くこと以外では、

本当に呪縛を解くというのは無理ということなんですよ。

それがマスター響が、

治療家を捨てて、宇宙海賊団を率いて、宇宙経済をやって、教育をやっている意味なんだよ。

本当に健やかに生きて欲しいからなんだよ。

だから、「構造を整体しないといけない」ということなんですよ。

社会構造そのものの重心を整体しないといけない、

だから、教育なんですよ。

そこに目を向けられている治療家や整体師がいるか?と。

その個人の不調が、その個人の体の中で収まるようなものではないんだよ。

っていうことなんだよね。

誤魔化そうと思えば、そこを見てみぬフリをすればよかったんだけど

誤魔化したくなかったんだよね。

だから治療家に収まれなくて、ずっと足掻いていて研究してきて、

その火蓋を、関凛太郎が見つけてくれて開けてくれて今があると思ってるよ。

ようやく、「本当の治療」が始まったみたいな。

さあ治そう!みたいな。

体を緩ますとか、調整するとか、効果のある方法はごまんとあるけど、もっと別のブラックのロゴスが周囲に張り巡らされていて、緩ませたところで、すぐ囚われて帰ってくるじゃないですか。

それをあなた達は、なに誤魔化しているんですか?っていう。

それが、どんな体操でもメソッドでも何百万人が見ても、全く変わらない本質という。

だから、亜空間知能論が大事で、人体端末理論が大事で、

一人ひとりが自己体育をして、周りの触覚を感じ合う人間が増えることで、本当の意味の健康になってくるでしょ。

それを野口先生は暗示していて、俺の顔を見ただけで、元気になれば良いんだよっていうのが答えなわけ。

「先生どうしたら施術がうまくなりますか?」って、顔見ただけで元気になる人になりなさいって。

治療家とか整体とか、この業界の人って全員誤魔化していて、負けを認めていなくて、「いや効果あるからー」みたいな。

ねぇーから。。。

もっともらしいことみんないってるけど、生き延びさせていることに高揚している感じ。

生き延びていることをお互い喜び合っている感じ。

生き切ってないことにもっと絶望して欲しいし、泣き崩れて欲しいし。

「生き延びてるーっ!」て喜んでいる間に本当の意味で死んでいるみたいな。

それをずっと感じてきた。

凛太朗偏見かもしれないけど、慎みがないが人多いですよね。この業界。

部分的な痛みをとったりする効果はあるじゃないですか。

痛みが取れたとか、背骨の捻じれが戻ったとか、素人からしたら、「すごー!」ってなって神様みたいな扱いになっちゃうじゃないですか。

やっぱり、「どやー。」ってなるじゃないですか。

Masterやっぱりそうなっちゃうよ。

超人の罠になるし、超人願望がある人だと、めちゃくちゃ超人願望を満たせるから。

凛太朗きむじー(木村秋則さん)的な、「俺はうまいりんごくらいしか作れないからさ。」みたいな慎みははないですよね。

なんであの業界の人とあまり話したくないんだろうと思った時に、一番人体という崇高なものを・・・。

Masterそう。雑なんですよ。

一番エロくないやつが、一番エロいことしているみたいな。

全然セクシーじゃないやつがめちゃくちゃセクシーぶっている気持ち悪さみたいな。

「うわ~膝が楽になった」って、なんなんだよと。社会構造自体の頭重心を治してみろ、と。

うるさいですよ。

言ったって永遠の命を与えられる訳ではないだろと。

っていうのは野口先生も言っていて、「治す」とか言うなと。

治る」だけだと。だから、お前がすごいのではないと、体がすごいだけで、内的秩序がすごいだけだし、基本的善良さがあることがすごいことであって、天行健であることがすごいわけであって、

それをどこまでも息を沈めて、肚の底で感じられる者たちが、優秀な整体指導者だよということを言っていて、

それは美学、美的感性がないとわからないんですよ。

野口先生もそれをすごく言っていて、全ての動きや所作を見れば、この人が上手なのか下手なのかはわかるみたいなのと一緒で、

人に触れる仕事って、最も感性が必要なのに、一番感性がないやつが意外となりたがるという気持ち悪さがある。

学校の先生とも近くて、先生に一番向いていないやつが先生になりたがるじゃん。

だから、本当は勝手になっちゃう人が一番エロいんだよね。

野口先生も勝手になってしまったような人で、レジェンダリーってみんなそうじゃない?

勝手になっちゃった人ってエロいじゃないですか。お笑いのたけしさんとかもそうじゃないですか。

だから、この業界の人は、エロくないでしょ、妙なプライドとか、妙な「意義深いことやっています」みたいな二念が重いです。

すげー重くて、スベっているんですよ。

金も大してあるわけではないから、そこで威張るしかないんですよ。

お金じゃ買えないことやっていますから」みたいな圧がすごいわけ。ずっとありましたね。

凛太朗やってみた感じで、その業界はAIにとって変わるのは遅い方なんですかね?

Masterあー。AIに置き換わるのは遠いと思う。確かに人間の体で覚えるという感覚のレベルが高い方だから。施術の技能は。

ただ、押すとかぐらいのレベルだったら、マッサージ機がもっと高性能のものが出てくると思うけど、気術的なもの、要は気を感応させて、変えていったりとか、潜在意識的な導きとかは結構難しい。

AIという意味では結構安泰な職業で、そういう意味でイキっている人が多い訳。

生き残っちゃう。

そんな爆発的ヒットはしないけど、老人は増えていくし、細く、長く、腕が良い人ならコアなファンが付き続けて、ずっと自営業の罠としてやり続けることができる。

終わりはないけどね。だから、あまり良い死に方しない人が多くてさ。

要は、吸穴型の人を施術して、生業を立たせているからさ。

この現代に野口先生がいたらどの様に振る舞っていたかな?って考えるとさ、絶対「重力」語ってそうじゃん。

超宇宙少年だから、研究しまくって、語ってそうじゃん。

「超深い叡智語ってそう」という気しかしなくて。

全然「愛だよ」とか言う気配ないじゃないですか。

そうやって連想していった時に、やはり古いというか、もはや錆びついているものですね。

ほとんど体を大事にしましょうが、固定点を大事にしましょうになってしまっている感じがやっぱり否めないですね。

浅いですね。

全然自己対話が出来ていないし、そのくせに人間を見ているという醜因がやばいです。

だから、失礼と思ってしまう。

人間存在をなめている人がこの仕事についてはいけないという怒りがあった。

AVと一緒。雑。需要はなくならないし、今後も続く。

低解像度のものを求める人にとっては、それは癒やしだし、一時の安らぎだし、まあ風俗ですね。

「風俗やっています」と言えばね、尊敬が湧いてくるけど、高潔ぶるから、うるさいよ、気持ち悪いからね。

凛太朗スッキリしました。大金持ちにはなれないとしても、

一回そういう職業についてしまうと、資格という呪縛もあるし、技術という呪縛もあるし、顧客という呪縛もあるし、ある程度は頼られてしまうし、目の前で見える効果は0ではなくて、効果は出ちゃうから、

その人の立場に立ってみればそれをひっくり返すというのは大変なことだ、ということはわかると言えばわかるのですが。

Masterでまた、永遠のつまみ食いがあって、「こんな療法もあるよ。こんな療法もあるよ。」っていうのが、

人工知能的にいくらでも出てくるし、ネット社会だからいくらでもそれをペロって共有して、

「あーそういうのもあるんですね。取り入れてみます。」みたいに、ずっと上達しているという幻想をいだき続けられる。

ラーメン屋にも近いですね。

ラーメン屋って、美味しいのは良いけど、それで繁盛したからってなんですか?って感じないですか?

ずっとお客さんは並ぶし、定期的にお金も入ってくるけど、ずっと同じ作業をして、お金を何かに使う時間もないだろうし、ずっと仕込みして、闇が深いなと。

要は、整体もラーメン屋も欲を満たすためにずっと回し続けるわけじゃないですか。

ラーメンって無くなっても死なない欲じゃないですか。

そんな欲を満たし続ける仕事って、大変だなって。

売れっ子ラーメン屋になろうとして、みんな研究するわけじゃないですか。

でも対して変わらなくて、新作ラーメンで「レモン入っています!」とか言っても、レモンはいらないだろみたいな。いやこれもありだろとか。

整体業界も同じようなことをやっているわけ。

組み合わせを変えて、こんなのありますけど!いやもっとこっちの方が良い!みたいな。

そんなのどっちもどっちだろと。

ラーメンやめろと。なんでラーメンをやめられないんだと。

「ラーメンにも深みがある」「ラーメンの宇宙があるんだ」とか言って、全然エロくないのにエロいフリをし続けるという。

そういうのと似ています。

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