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【レディプレイヤー1】スピルバーグと宮崎駿。明暗の分かれた日米の巨匠の「人間観」に迫る!【君たちはどう生きるか】

 
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マジ卍ーーーーッ!!!!
日本は空前の卍ブーム・・・ その裏で日本地図からしれっと消えようとしている卍の陰謀!知られざる「卍の謎」を探求し世に伝えていくという使命に燃えているなかで宇宙海賊団と出会った。謎の兄弟ユーチューバー!!!

◎ ボディフィギュアタイプ
さわまんじ(兄):「なでくるみ」型
なかまんじ(弟):「なでりフジポ猫春」の隠れ「洋ナシ」型

2018年に公開された『レディプレイヤー1』でVR世界に埋没する近未来の人々を描いたスティーヴン・スピルバーグ監督。
2013年公開の『風立ちぬ』以来の引退宣言を撤回し、新作『君たちはどう生きるか』の制作に着手していると伝えられる宮崎駿監督。

この日米の2人の巨匠が、実は同年代って知ってましたか?

スピルバーグ監督  1946年生まれ(72歳)


宮崎駿監督 1941年生まれ(77歳)

実写とアニメという違いはあれど、日米の映画界を牽引してきたという点では通ずる2人。
そして最新の作風からは、AIシンギュラリティへの近未来シナリオを着々と歩む世間の風潮を憂うという共通の姿勢も・・・。

 

明暗の分かれるふたりの巨匠

独創的なファンタジー世界を描き、半世紀近く多くのファンを魅了してきたふたりの巨匠。
しかし最近の作品に込められたメッセージからは、もはや埋めることのできない大きな溝を見てとることができるのです。

「人が生きるとはなんなのか?」
理想と現実の狭間で巻き起こる、近未来の人類への葛藤。

「生きるってこんなんだっけ?」
だんだんと現実味を帯びてきたAI近未来の到来へ向けて、明暗が分かれてきたふたりの巨匠から放たれるメッセージ。
そのゆれ動く胸の内に、勝手に迫ってゆきたいと思います!

 

テレビっ子世代の星、スピルバーグ監督の壁

2018年に『レディプレイヤー1』を公開したスピルバーグ監督と、2020年に最新作『君たちはどう生きるか』を公開予定だという宮崎駿監督。

以前にYOUTUBEで紹介した「レディプレイヤー1」のレビュー動画はコチラからどうぞ!

『レディプレイヤー1』のところどころに散りばめられた悪魔教崇拝を彷彿とさせるシンボルの数々や、ほとんど同時期に公開されていた同じくスピルバーグ監督作品の『ペンタゴン・メッセージ』との奇妙なシンクロなど、映画の本編とは直接関係ないけど、ちょっと気になる都市伝説的な話はコチラの考察動画からどうぞ!

人々が好きなだけバーチャルリアリティへ埋没する生活は、2018年の現在においても十分リアリティを感じることのできる実現可能な未来像です。
そんな近未来の風景に対してスピルバーグ監督は全面的に肯定というわけでもなさそう。
むしろ・・・

「なんだか純粋にTVゲームをやってたあの80年代がなつかしいな~」

という、どこか懐古主義的なメッセージが多いことに気づきます。
「バック・トゥ・ザ・フューチャー」「ET」「インディ・ジョーンズ」など、スピルバーグ作品を代表するヒット作の多くも80年代の公開で、この時期はアメリカンカルチャーの黄金期だったと言われています。
80年代カルチャーファンであるワッツが主人公だということからも、全体を通して漂うのは「80年代がよかったよね」という現代以降の近未来を憂いている空気感。
VR世界に埋没してゆきかねない近未来の大衆へ、「生きるってこんなんだっけ?」と問いかけるストーリーが展開されてゆきます。

 

【ネタバレ】そんなオチでええんかいッ!?

映画のラストでは、VR世界に没頭しすぎてバランスを崩した社会を立て直す対策として『週休二日制』という微妙なアイディアが採用されています。

「VR世界もいいけど、現実も大事にしなくちゃね!」

週に2日はVR世界へのアクセスは禁止して、現実を生きようという「まあそうですよね」としか言いようの無いありふれたオチで映画は幕を閉じるのです・・・。

動画の中でも紹介していますが、この弱すぎるオチには
「VRに埋没しすぎて現実世界が荒廃するのは困るけど、かといって現実世界のなにがVRよりも素晴らしいのかは正直熱く語れないっす・・・」
という生粋のテレビっ子として少年期を過ごしたスピルバーグ監督の無力感が漂っています。

「VRまみれの未来を手放しでは喜べない!しかし、どうしたらいいのかはわからぬっ・・・!」
という、自分の胸の内を率直には語れないハリウッド映画監督である立場の苦しさと、現実世界に向き合うことをごまかし続けてきた世代としてのツケが【ただ主人公とヒロインがソファで抱き合っているだけ】というあの説得力に欠けたラストシーンに現れています。

庶民の多くも、VRに埋没していることがあたりまえになる近未来の到来をどう受け止めたらいいのかがイマイチ分からず、期待と不安の入り混じったままどこかの誰かがリーダーシップを発揮してくれるのを待っています。その時代の空気感がレディプレイヤー1という映画の煮え切らなさに写し込まれているように感じました。

このモヤモヤとした時代の空気を憂う、もう一人の巨匠が日本にいます。

それがスタジオジブリの宮崎駿監督です。

 

引退してたけど、「生きねば。」

4年の沈黙を経て、再び長編アニメーションの舞台へ帰ってきた宮崎監督。21世紀を振り返って見れば、実は何度も引退宣言を撤回してきた「引退詐欺」の使い手としても有名な宮崎監督ですが、ジブリファンとしてはこんなにうれしい詐欺はない。
今回の引退撤回にも「待ってました!」と思っているファンは多いことでしょう。

しかし次回作の公開予定は2020年。そのころには宮崎監督は79歳。あの「仕事の鬼」と言われる宮崎監督をもってしても、さすがに今回が最後の長編アニメになるだろうというのが大方の見方です。
そんな宮崎駿監督の正真正銘のラスト監督作品となる可能性が濃厚な最新作は、2017年に漫画化され大ヒットもした小説「君たちはどう生きるか」と同タイトルの冒険活劇ファンタジーになるらしい。

「君たちはどう生きるか」も、以前にYOUTUBEで紹介したマンガ版のレビュー動画があるので、気になる人はチェックしてみて下さい!

ジブリの最新作『君たちはどう生きるか』は、タイトルが同じというだけでストーリーは小説とは異なるオリジナルの内容になるそうです。
ではなぜこのタイトルになったのかというと、宮崎監督自身が若い頃にこの小説に大きな影響を受けたそうで、個人的にも深い思い入れがあったそうな。さらに最近のマンガ化の大ヒットという時代の追い風にも後押しされ、最後の戦いへと覚悟を決めたそうなのです。

2013年の「風立ちぬ」の公開後、すでに制作チームも解散していたスタジオジブリ。閉鎖への準備を進めていた矢先に満を持してのカムバック。並々ならぬ覚悟を決めた日本映画界の巨匠は、ジブリ版『君たちはどう生きるか』に一体どんなメッセージを込めるのでしょうか?

 

Googleが便利すぎる現代が抱える「『叔父さん』不在問題」

マンガ版『君たちはどう生きるか』の主人公、中学生の「コペル君」は少年ならではの澄んだ瞳で自分を取り囲む現実に真正面からぶつかってゆきます。
学校、友達、いじめ、弱虫な自分。
様々な素朴な疑問とごまかさずに向き合うコペル君の青春を支えるのが、近所に住む親せきの「叔父さん」です。

叔父さんは思春期のコペル君にアドバイスはしますが、すぐに答えを与えるようなことはしません。
あくまで自分で考えることの大切さを教えるのです。

コペル君は叔父さんからもらった言葉をもとに現実に向き合い、観察し、自分の頭で考え、行動して、現実を変えてゆきます。
その結果を叔父さんに報告すると、叔父さんもまたコペル君から新しい学びを得るのです。
そうやって二人はお互いに学び合い、気づきを深めてゆく関係性を紡いでゆきます。

なにか気付きませんか?

叔父さんは、コペル君の自分で考えて問題を解決してゆく力を引き出すように導いてくれる存在です。
これは、AI(人工知能)では不可能な人間にしかできない『教育』なのです。

現代ではGoogle検索すればとりあえず「答え」はゲットできます。
しかし、どうすればあなたが現実と向き合い、その痛みの中で葛藤し、自分なりの答えを納得して見つけ出せるかどうかは、GoogleのAIでは算出できません。
ただ膨大な情報の中から最適な情報を差し出す『百科事典』的な役割は担ってくれますが、『叔父さん』のように成長に寄り添ってはくれません。

マンガ版「君たちはどう生きるか」が大ヒットしたのもそれが理由だと思います。
今の大人のほとんどが『叔父さん』のように思春期の少年の真剣な悩みを真正面から受け止めて、寄り添ってあげることができません。
テレビっ子として育ってしまったスピルバーグ監督のように、人よりも情報メディアによって育てられてしまっているのが私たちの世代です。
現代には『叔父さん』が不在です。
今コペル君がいてもきっと、Googleを通して現実と向き合い、Yahoo!知恵袋で解決策を探してしまいます。

「生きるってこんなんだっけ?」と誰もが潜在的には思いながら、『叔父さん』がほとんど絶滅してしまった情報社会を生きています。

みんな叔父さんに会いたい、叔父さんになりたい、でも叔父さんがいない!!!
そのことの潜在的な欲求と危機感がマンガ版「君たちはどう生きるか」の大ヒットの一因だったのだと思います。

 

人と向き合う、《めっちゃ複雑系》を『生きる』

人がAIよりも優れていること、それは五感や肌感覚を通して得られる膨大な情報を一瞬で算出する能力です。
このことをほとんどの現代人は学べていません。
つまり《人体》をテクノロジーとして理解する『人体の科学』を、『脳科学』を優先しすぎるが故におざなりにしています。

『叔父さん』がコペル君の「考える力」を引き出すように寄り添って導けたのは、叔父さんがAIロボットではなく、肌感覚のある人間だったからなのです。
人と人が向かい合うとき、そこには膨大な量の情報が広がっています。

顔色、声のトーン、しゃべる速度、瞳のかがやき、暗さ、発している匂い、動作や所作、ちょっとした手指の震え、姿勢、目くばせ等といったその人のカラダから発せられる情報。
また、その人とこれまでに重ねてきた出来事、時間、今の季節、とり囲む時代の空気感、自分が同じような場面でどう思ってきたか、何を美しいと感じる人なのかを想い出すこと。
そんな細やかな機微の連鎖を一瞬で感じ取り寄り添ってあげることができる。それが人体が本来持っている認知機能《美的感性》です。
このことを忘れてしまい、教わらずにズルズルきてしまったという地に足のついていない焦燥感が、AIシンギュラリティへの私たち庶民の期待と不安の根底に流れているように思います。

 

「生きねば。」のその先へ

AI近未来に対して『週休2日制』という《答え》の提示を試みたスピルバーグ監督。
それに対して宮崎駿監督は、最新作『君たちはどう生きるか』でどんな答えを指し示すのでしょうか?

「生きるってこんなんじゃなかったよね?」という時代の空気に

1999年『もののけ姫』 「生きろ。」
2013年『風立ちぬ』 「生きねば。」

で応戦してきたスタジオジブリ。

その最後の一戦に放たれるメッセージは一言で片づけられる単純な解決策などではなく、人は人と寄り添って成長していくことでしか生きられないという複雑でシンプルな教えになるはず。

それはきっと「一緒に生きるっていいもんだよ」という、VR世界を脱ぎ捨てて生きる人の世界の美しさでしょう。
そこには痛みがあり、葛藤があり、喜びがあり、常に変わるしかないせつなさがある。

生きることの「痛み」をどの作品でも描いてきた宮崎駿監督の『君たちはどう生きるか』の公開は2020年。
この作品が届くまで、あなたは誰と生きてゆきますか?

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マジ卍ーーーーッ!!!!
日本は空前の卍ブーム・・・ その裏で日本地図からしれっと消えようとしている卍の陰謀!知られざる「卍の謎」を探求し世に伝えていくという使命に燃えているなかで宇宙海賊団と出会った。謎の兄弟ユーチューバー!!!

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