「ギリシャ最強の論客」ソクラテス VS 「背徳のリアリスト」カリクレス【哲学バトル】二回戦

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子供の頃から成績優秀、生徒会長もこなし、いつしか板についていた「優等生」キャラ。しかし、実のところはただの八方美人。そんなペルソナ=仮面を付けることで、自分の弱さを隠してきた。
もう自分のキモチをごまかしたくはない!肚の底から湧き出る感覚をもっと素直に表現していきたい!将来が保証されたエリートコースを辞退し、売れない作家見習いとしての道を歩みはじめる。小説を執筆しながら、当ブログでは、主に哲学などについて書いていく。

◎ ボディフィギュアタイプ
「猫背くるみ」の隠れ「いかり」型

前回
あの無責任さ故の狡猾さを兼ね備えた相対主義を
必殺の「無知の知」とその命を懸けて残した真理への遺志でもって
見事、鉄槌を下した
「ギリシャ最強の論客」ソクラテス先生。

そんなソクラテス先生の
もう一つの闘いをご紹介しよう。

青コーナーより挑戦者「カリクレス」の入場ですッッ!

古代アテナイ…
当時の青年達に、
弁論術が立身出世の手段として、
何らの道徳的反省もなく受け入れられ、
歓迎されていた。

弁論術の教師であったポロスは、
「一種の独裁者になることも、ソフィストの術であり、政治の術であった」
といったように、弁論術は政治の術であった。

言論の技術に過ぎない弁論術が広く政治の場で利用されたのには、
相対主義の蔓延と、
当時のアテナイの民主政治
が背景にある。

つまり陪審法廷、政務審議会や国民会議などの政治制度が構築され、
すべての市民(奴隷を除いて)が政治的に平等な権利をもった民主主義社会では、
人が社会の中でそれなりの位置を占めるために、
他人を納得させるだけの弁論を駆使することが必須の条件となった。

人はこの術(公開の場で議論する術)を修めることで、
優れた政治家の仲間入りをすることができるだけでなく、
支配者になることもできるのである。

この世において有能な人間として活躍することが、
人間の卓越性(徳の発現)であって、
世俗的成功こそが人生の目標であると信じられていた時代。

実利主義的人生観が色濃い時代がそこにあった…

青コーナーより挑戦者「カリクレス」の入場ですッッ!

その漢、言うて憚らない。

哲学では身を護れない」

そんなものいくら積み上げたところで、
真理を追究したところで、
有能であるはずの我々が、
つまらぬ庶民の連中からカルト扱いを受け、
告発をされただけで身を護れず死刑になるかもしれない。

むしろそんなリスクの高い見返りのない生き方、
それこそ最も
「屈辱的」

「醜い」
最悪の人生
だとカリクレスは繰り返し主張した。

彼は強大な権力者や卓越した弁論家のように、
望み通り他人の財産や命を奪い、
しかも罰せられることのない人間こそが、
最も自由で、最も幸福だ!
というのです。

だから私のように弁論術トークを磨いて、
そういう理想に近づくべきなのに、
『あのキチガイ(ソクラテス)のようにいかに人生を生きるべきか?』
という無用な哲学論議に関わっていたらどうなるか?
火を見るよりも明らかだろう??
と。

ソクラテス先生の反論ッッ!

欲望はできるだけ大きく広がるままにして、
望むものは何でも手に入れる。
それが最高の人生と言って、憚らないカリクレスッッ!!

「食べたい」
「飲みたい」
「豪邸に住みたい」
「上等の服を着たい」
「出世したい」 という欲を満たしてこそ、
快感が得られるというのに、
その気持ちよさの元である、
「生きる欲望」
を押えてしまっては楽しい生活になるはずないだろッッ!
と主張し続けたのであった。

これに対し、
ギリシャ最強の論客ソクラテス先生はこう反論したッッ!

『では痒くてたまらない皮膚病にかかった人間が、「かくと気持ち良い」と主張して、死ぬまでかき続けたらとしたら…それでも幸せか?』

『ぐほぉうっ!?それはあれだ。あれだよ。んんんんんんんんぐぬぬ。』

カリクレス返す言葉もないッッ!

欲の拡がるまま気持ち良いことを。
そんな事ばかりしていたらどんな結果になるかは目に見える程明らかであろう。

【気持ち良いことが全て】という考えが、
私達を仕合わせに、
ぬくもりに満ちた関係性に向かわせることは不可能なのである。

 

早くも勝敗は決まったかぁぁッッ!?

カリクレスは、
果てしなく終わりのない(過去/記憶)の連鎖/関係性には関心もなく、
肉体を一方向に喜ばすことしか考えていない。

しかしソクラテスは説く。
『現世も来世も仕え合わせになれるよう美しき善に努めるべきだ』

食欲に任せて暴飲暴食を続けたら、健康を損ねる。
同様に欲望が拡がるまま快楽を追求したら、
限りない醜因その邪悪さを造って、
「ぬくもりの記憶」は限りない不幸の底に沈む。
とソクラテスは説きました。

そして、
「不当に殺される美しき善人」よりも
「罪なき者を殺す者」こそ、
「恥ずべき」「醜い」「悪い」人間であり、
はるかに大きな不幸に見舞われると反論しました。

醜因には必ずこの世か来世で時空を超えた報い
『因果応報』
があるからです。

例えば、
罪なき100万人を、
自分の独裁政策のために虐殺した独裁者は、
一回A級戦犯を受け死刑になれば、
それ以上は何の報いも受けずにチャラになるか?

チャラになることを肯定するのは、
悪人による悪人のための悪ふざけ
「偽善」
(正当化するに値しないことを正当化すること)
ではないだろうか?
逆に一回じゃ終わらない。
死んだとしても免れないと理解するなら。
さらに自らの蒔いた美しい因が、
死すら越えて善果として帰ってくるとするなら?
あなたはどう生きるだろうか?

しかし、この美因善果/醜因悪果の道理を認めないカリクレスは、
『善悪の価値』など所詮、
弱い大衆が、都合よく相対的に決めたものであり、
『強者』には強奪も殺人も許されると説きます。

カリクレスは、
肉体はただの快楽原理で動く物質の塊であり、
その動力源である『時空の連鎖』
【同期並行計算機能】
を認めませんから、
罪を犯しても、
上手く立ち回って、社会の目さえ誤魔化す事が出来れば、
報いを受けずに済むと主張しています。

最悪、
死ねばチャラになる。
と一方向的に決めつけている。

これは悪魔的快楽を享受する人々には都合の良い解釈です。

人と人との関係性に主眼を置く人間、
多角的な人間には到底納得できません。

このように肉体的/快楽しか頭にない、
悪党ほど喜ぶのが背徳者カリクレスの主張です。
時空因果の道理に従うソクラテスは、
ぬくもりを大切にして、
現世も来世も仕合わせになれるよう、
美因の種まきと縁づくりに努めるべきだと勧めました。

そしてソクラテスはカリクレスに説き放ちます、

「君のような人間は冥土の裁き(応報)を受ける段階になったら、何の弁解も出来ず、ただ眼を白黒させるだけだ」

と告げました。

『フンッ。知るかそんなもん!(・・・内心ちょっと怖ぇ~)』

自らの悪魔的過去の縁(観測-選択―連携)の記憶を
正当化するこざかしい理屈など、
時空因果の前では何の意味もないのですぞ。

ということで、やはり勝者は…

「ギリシャ最強の論客 ソクラテス」先生だぁああああっっ!!

ウオォォォォォーーーーーーッッ!!!!!!!(大歓声)

こうして第2回戦は幕を閉じる…

 

そういえば、カリクレスってどんな人??

まさにリアリスト。
この3D現実空間での快楽・パワーを追い求めるカリクレス。

では、彼は一体どういう人物だったのか?
語られていることと言えば、
「アテナイ市民で、教養ある、実生活の経験に裏付けられた青年政治家」
であったということ。
実は彼の人間的背景についてはあまり描かれていない。

だが察するに、
努力家であり有能な青年であったこと。
そして政治という世界に身を置くことで、
見せつけられる、肩書・お金・権力といった、
実利の魔力性とそれに憑りつかれる人の浅ましさ。
それが故に生じる人への恐怖心。
そして恐怖心から逃れるため、
人をコントロールしたくなる。
そんなコントロール欲求に毒された青年であったに違いない。

そうなると人は、
ぬくもりを忘れ、
己の中の認めたくない恐怖心・弱さから、
外に対する攻撃性が生まれ、
終いには「ぬくもり」すらも嘲笑し、
冷淡で冷血な実利主義に陥る。
そしてそれに見合うようにと、
能力主義に傾倒する。

力さえあれば…
力が欲しい…

そうしてあらゆる能力・武器で身を固め、
力を得、富を得、名声を得える一方、
自惚れ、人に支えられているという感性を忘れる。
”私がやったのだ”
”私が”
”私”
私私
そうやって一人称が暴走し始める。

何一つ自分ひとりで作ったものなどないというのに…

だがその根元にあるのは、
ただ怖い。人が怖い。人を信じれなくなってしまった。
という恐怖心、虚無感、脆さである。

その恐怖心、虚無感、脆さを認めることをしなければ、
人は努力すればするほどに、
自惚れの中で、孤独に陥る。
努力の罠(個人戦の罠)がそこにあることを忘れてはいけない。

願わくば、向き合って欲しい。
そのまま感じきって欲しい。
己の中の恐怖を。
己の中の虚無感を。

そうすれば、
「足りないこと」は「足りること」になり始める。
「ないこと」は、「あること」になり始める。
人を感じ、対を認め、二つの回転の中で、
二極性は融合し、矛盾は矛盾なく扱われ、
ただ重なりを感じられるようになる。
自重自足。
仕合わせ。

大丈夫。あなたは一人じゃない。

 

次回予告

序盤からソクラテス先生の活躍が光る哲学バトル!
そして時代は、中世へ…

と行きたいところですが、
あまりにも真理に到達できないものだから、

「人間は理性だけでは真理に到達できない。
真理に到達するには神への信仰が必要だ…」

という若干のあきらめムードと、
迷走気味の時代のため端折らさせてもらって、

そして時代は、近代へ…

近代西洋といえば
古代の栄光を取り戻せ!と、
「ルネサンス」「宗教改革」が起こり、
改めて、
「人間の理性って素晴らしいよね~」
となり始めた時代。
再び理性でもって真理を探究しようとする時代の、
オープニングファイトは…

第3回戦

「近代哲学の偉大なる父」
デカルト

VS
「すべてを疑う哲学者」
ヒューム

をお送りいたします。

乞うご期待!!

 

ちなみに前回の哲学バトル見逃した人はコチラ。

 

▼感想や質問をカキカキ〜φ(´・ω・`)
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