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保育園の園長先生から聞いたNew type kidsのお話

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漁師の家系に生まれ、幼少から伊豆の海と共に育った素潜り名人。あわび採りでは右に出る者がいない程の運動神経を持ちながらも、全く新たな身体科学を提唱するRSEL研究所を知り、己の無知さを痛感する。その後、漁師を辞めRSELの本拠地である湘南へと移住。持ち前の明るさと体育センスを発揮し、体育稽古クラスの指導を手伝う。

◎ ボディフィギュアタイプ
「春日フジサン」濃厚コンボ型

 

「道具」がどんどん便利になっていく現代。
人と人との関係性は希薄になっていると言われる現代。
その間の葛藤の中で、僕らはどう生きたらいいのか?

歴史上かつてない変化を体験しようとしている21世紀に生きる僕らが、本当に目を向けるべきことは何なのか?
20世紀までの既存の概念やシステムが、全く機能しなくなるかもしれない。
古い考え方に固執している人たちは、より生きにくい時代になっていくかもしれない。

20年前はスマホがある生活が、誰も予想できなかった。
しかし、今やスマホのない生活に逆戻りはできず、20年前とは全く異なった生活スタイルへと変貌した。
では、20年後の未来は、どうだろうか?
今よりもっと情報技術が発展するであろう20年後の僕らは、一体何を思い、何を願い、何を頼りに生きているのか?

今、生まれてきている子どもたちは、20年後にはちょうど成人している。
子どもたちはどんな感性で、この世界の移り変わりを観察していくのだろうか?
もはや、旧時代の既成概念に囚われた親の考え方など、まったく当てはまらないだろう。

受験? 就活? 家族? 

そんな概念すらも、新しい視点から捉えなおされているかもしれない。
AI時代に突入すると言われている今、人間の暮らしは再定義されるだろう。
関係性のあり方も一変していくだろう。「道具」の進化に伴って・・・。

 

進化した人類「ニュータイプ」とは?

しかし、「道具」は進化しても、それは果たして人間の「進化」と言えるのだろうか?
機械で身体を代替して、機能を拡張していくことを進化というだろうか?

人間の「進化」とは何だろうか?
スマホによって、僕らは進化した?それとも退化した?

アニメ「機動戦士ガンダムシリーズ」の世界では、進化した新しい人類を「Newtype(ニュータイプ)」と呼んでいる。
ニュータイプは認識能力の拡大により人並み外れた洞察力・直感力・空間認識能力を持つとされる。
宇宙に適応することによる知覚(五感)の拡大が、人類の「進化」となっているわけだ。

要するに、「才能」の開花とも言えるよね。

現代の最先端科学でもこの「知覚(意識)」と「現実(物質)」の関係について、研究されているけど、そのはっきりとした答えはまだ分かっていない。
オールドタイプ(旧人類)の知覚力(五感の解像度)の限界が、現代科学の限界となっているわけだね。

「体」の五感が「知覚」だとしたら、その「体」を抜きにして、「現実」を正しく「認知」することはできない。
五感の中でも、最初に発達するのは「触覚」だ。「触覚」を通して、赤ちゃんは世界を「知覚」する。

でも成長して大人になるにつれて、視覚が優位になり、原始的な知覚である「触覚」のセンスは失われていく。
今の科学は、視覚に基づいた「脳科学」的アプローチであり、
RSELでは、AIの発達する21世紀の明るい科学は、触覚に基づく「臍(へそ)科学」が中心となることを予見している。

そして、その新しい時代の生き方を切り開くカギを握るのが、知覚力を拡大させたニュータイプキッズ達かもしれない。

今回は、そんなニュータイプキッズを日々見守っている保育士の謝花也が園長先生から聞いた話をご紹介しよう。
まさに20年後の未来を生きるであろう、子どもたちの「知覚力」を垣間見た、衝撃の話だ。

 

大人たちのウソを暴くNewtype Kidsの洞察

 

謝花也の働く保育園では 子供達の豊かな発想を引き出すために、園児達にテーマを与えて、それを元にディスカッションをしていくという時間があるそうだ。そこには大人はあまり干渉せず、園児同士で話し合ってもらうというのだ。

その話し合いのある日のテーマは”心”について

子どもたちは、オールドタイプの大人たちの最もらしい言葉酔い=常識を覆していく。

『心ってね、そもそも ないんだよ。(大人たちが言うような)そういう固定されたものではなくて、遍在しているものなんだよ。』

というような内容の話をするキッズ。

この話に園の先生方にはどよめきが起こったという…

『えっ!!だってわたし達は「心」を豊かに育てようと…アワアワアワ』

 

「心」と聞いて、僕らは、「体」に対して目に見えない感情や意思などの精神の働きをイメージするだろう。
もちろんひとくちに「心」といっても、その意味は多岐にわたるが、
共通するのは、動物にはなく、機械にもなく、ある種の人間特有の何かである、と認識していること。

しかし、「感情」を含む「心」すらも、実はすでにAI人工知能が再現する未来が迫っている。
「感情」や「心」も狭い知覚の中で反応している脳内の機械的パターンでしかない、ということが証明されようとしているのだ。

そして、それを既に知っているような子どもたちの鋭いツッコミ。
「大人達が口にする「心」って、なんか冷たいよね、機械みたいだよね」と言わんばかりだ。

 

本当の”心”とは、電光掲示板のようなもの

続いて出たキッズによる「 心」の本質を突いたたとえ話、これがまた秀逸である。

『心ってね、例えるなら電光掲示板みたいな感じなんだよ。電光掲示板に映すには一つ一つの電球が光っていないといけないんだよね。でも電球にも種類があるんだよ。ついてる電球、消えている電球、ついたり消えたり点滅している電球があるんだよ。』
ここでいう電球とは人の事をさし、キッズ達にはこの電球が光っているのか消えているのかも明け透けに見えるそうだ。

これは、知覚と体の関係性、人体を取り巻く量子情報場を例えて言っていると思われる。
現代科学でいう観測(知覚)することによって、立ち上がっている現実=観測者効果と重なる話だ。

そして、ほとんどの大人たちが電球が消えてしまっていることを訴えるキッズ達。
僕ら大人が知覚(五感)を閉じて、狭い頭(情報空間)のグリッド世界に閉じこもり、人との生の関係性を希薄にしつつあることを、子どもたちは触覚的に”見て”、分かっているようだ。

キッズたちが言うには、電球は誰かに向けないと光らない。
つまり、観測者効果を当てて、関係性に関心を持つことで人体の光子(触覚静電気)が活性化するというのだ。

 

そして、電光掲示板という例えが秀逸なところは、ここからだ。

子どもの場合は、電光掲示板が全部光っていて、大人は光ったり、消えているところがあるという。
子どものように常に光り続けているのが一見いいように思われるが、そうではない。

光るところと消えるところが点滅して、意味を映し出すのが電光掲示板の役割だ。

つまり、電光掲示板とは、生きる意味をその光の点滅によって指し示すことだったのだ。

関係性によって常に変化していく人体の電球が示すものを、外に関心を持つことで縁取っていき(自分の役割であることと、そうではないことを棲み分けし)
生き様(重心)に反映していくことが、生きる意味である、

と、ニュータイプキッズは、電光掲示板という秀逸なたとえで示してくれたわけだ。

明らかに、僕らが頭重心で知覚する世界とは、別のレイヤーのものを認知しているのが分かる。

 

争い・条件付けを終わらすNewtypeの在り方

そして、ニュータイプキッズは、人は関係性で成り立っている事も大人より肌感覚で知っている。
『ケーキを一人で食べても電球は光るんだよ。でもそのケーキを誰かと一緒に食べるともっと輝くんだよ』

さらにニュータイプ キッズの感受性は、固定点にまみれた母親をも包み込む。

条件付けを常とし、
料理もできなければいけない、
お掃除もできなくてはいけない。
いいママでなければならない。
でも子供がどう思っているのかわからない。
子供の求めている条件がわからないからママは不安でどうしたらよいか…

そんな幼児願望マミーの『なぜあなたはお母さんの元に生まれてきたの?』の問いに対し、

『お母さん何を言っているの?僕たちがお母さんを選んできたんだよ、どんなお母さんとか条件なんてなんでもいい、それでもお母さんがよくて会いにきたんだよ』
と返すキッズ。

堅牢な条件付けという鉄檻で生きてきた親の幼児願望を癒す言葉かけ。
もはやどちらが大人か分からない。

母『えっ..なにもなくて..いいの?このままでいいの…?』

子『うん。そうだよお母さん』

母『ぶわっ..涙』

子『この電球の光はね、自分は灯すことができなくて、人を灯してあげることしかできないんだよ』

母『ぶわっ…涙』

こうして自分がいかに条件付けした、狭い世界に生きていたのかを知り、自分二番のニュータイプキッズのぬくもりによって条件付けから解放された母親の電球に光りが灯された。

ガンダムにおけるニュータイプの定義は、一つは「戦争を必要としない人間」だという。

争いのもとになるのは、無知・偽善・偏見だ。
これらは条件付けをする僕らの頭の一方向的認知によって生まれる。

そんな僕らの凝り固まった戦争脳を、ニュータイプは「そこじゃないよ!」と諭し、
人間としての可能性を指し示してくれる。

そんな新時代の兆しを示す子どもたちが現れてくるのだとしたら、
彼らのような子ども達の素直な感受性から、僕ら大人が学ぶべきことはたくさんあるのではないだろうか。

 

次世代に残すべきもの、一人の大人としての責任

こんな感受性の子どもたちも、成長するにつれ戦争経済のグリッド社会に呑まれて、本来の触覚(電球)が消えていき、機械化された社会に同一化していく未来か、

それとも、現代の大人たちが失ってしまったものを思い出させ、電球を灯していく明るい希望となる未来か、

それは、僕ら大人たちが、子どもたちが育っていく社会・文明に対して、どのような観測者効果を当てるかで決まってくるはずだ。

僕らがオールドタイプ=旧人類的な狭い知覚(頭重心)にいつまでも囚われたままだと、
その連鎖(観測者効果)は、子どもたちに必ず襲い掛かり、僕らと同じように、学ぶことを停止し、機械的な冷たい”心”の変化に一喜一憂するだけの人生を、また繰り返すだろう。

 

わたし達は何かが足りないのではなく、何かが邪魔をしているだけ。

それを教えてくれる存在に耳を傾け、

一人一人が、この戦争経済文明に当事者意識を持って学び続けていくことが

僕ら大人の責任なのではないだろうか。

 

 

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◎ ボディフィギュアタイプ
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