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【映画】海獣の子供、徹底考察!意味わかりにくいとこも全部解説しちゃいまいた。

 
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謝花也(しゃかや)


RSEL叡智教員科に所属しながら、保育園でこどもたちを育てている。三度の飯より叡智がすき。得意科目は自因自果。五層対論。

◉ ボディフィギュアタイプ
「イカリ富士山」の隠れ「くりせん」型



ID @sekirintaro
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『一番大切な約束は言葉では交わさない』

うん。

「言葉にしてくれなきゃわからないんだけど!」

そう、ツッコミを入れたくなった観客がたくさんいた。

 

今回は、映画『海獣の子供』について、野暮にも“言葉”にして完全ネタバレで解説していきたいと思うよ!

原作の五十嵐大介さんの作品『海獣の子供』にも触れて補足していきます!

 

映画の評判

原作・五十嵐大介による作品『海獣の子供』を、

先鋭的表現で世界的評価を集めるアニメーション制作会社「STUDIO4℃」によって製作された劇場長編作品。

主題歌は米津玄師、音楽は久石譲、作画を「かぐや姫の物語」を手がけた小西賢一が手がけるなど錚々たる顔ぶれでできためちゃめちゃアツい映画だったんだね。

さて、評価を見てみると、

・「神秘的な作品ですが途中からついていけなかった。観るものを選ぶ作品」

・「絵は綺麗で米津さんの歌も素晴らしいなんだけど、肝心の内容が全く意味不明。いやいや、大切なことは言葉にならないって甘えじゃん。作者が美大出身ってことで納得。これ、セリフを適当につけただけの画集だわ。ちなみに原作を見れば分かるという方もおられるが、原作もメッセージは全くわからないorかなり陳腐なものです。」

・「原作未読なのですが、途中から完全に置いてけぼりで、何を言ってるのか、何をしてるのか、何がどうなってるのか、が全然わからなくなってしまいました。不親切で優しくない映画です。頭の良い人はわかるんですかね、これ」

・「終盤の意味不明映像ゾーン」

・「いろんなところで言われている通り、中盤以降のストーリーは難解。」

・「中盤以降は見ているエネルギーが無くなった。見続けるのがつらく、どこまでこの抽象表現が続くのだろう、という気分になった。」

中盤、終盤以降から分からなくなっていった人が多いみたいだね。

一方、

「映像と音楽はとにかく素晴らしかった」

「『こういうテーマなんだろうけど、なぜこういう展開になるのかがよくわからん』などと思いながら、怒涛のアート映像を浴びせかけられる。画力は、なるほど凄まじいものがあり一見の価値はある。」

「映像は綺麗で、エンドロールの米津玄師の歌が物凄かったです。」

と、

やっぱりストーリーや登場人物のセリフはイマイチ分からないけど、映像と音楽は凄かったという評価が多く賛否両論大きく分かれた作品だ。

映画からはいった人と、原作を読んでから観た人で、また評価が違うみたいだね。

ファミリー映画だと思って観てみたら、終盤の怒涛の展開で泣きだす子供もいたみたいだ。

 

あらすじ

そんな理解できない人がたくさんいた「海獣の子供」のストーリーを振り返っていきたいと思うよ。

<STORY>

光を放ちながら、地球の隅々から集う海の生物たち。

巨大なザトウクジラは“ソング”を奏でながら海底へと消えていく。

<本番>に向けて、海のすべてが移動を始めたー。 

(引用:公式サイトより)

自分の気持ちを言葉にするのが苦手な中学生の琉花は、夏休み初日に部活でチームメイトと問題を起こしてしまう。

母親と距離を置いていた彼女は、長い夏の間、学校でも家でも自らの居場所を失うことに。そんな琉花が、父が働いている水族館へと足を運び、両親との思い出の詰まった大水槽に佇んでいた時、目の前で魚たちと一緒に泳ぐ不思議な少年“海”とその兄“空”と出会う。

琉花の父は言ったー「彼等は、ジュゴンに育てられたんだ。」

(引用:公式サイトより)

明るく純粋無垢な“海”と何もかもを見透かしたような怖さを秘めた“空”。
琉花は彼らに導かれるように、それまで見たことのなかった不思議な世界に触れていく。

三人の出会いをきっかけに、地球では様々な現象が起こり始める。夜空から光輝く彗星が海へと落ちた後、海のすべての生き物たちが日本へ移動を始めた。

そして、巨大なザトウクジラまでもが現れ、“ソング”とともに海の生き物たちに「祭りの<本番>が近い」ことを伝え始める。

“海”と“空”が超常現象と関係していると知り、彼等を利用しようとする者。そんな二人を守る海洋学者のジムやアングラード。

それぞれの思惑が交錯する人間たちは、生命の謎を解き明かすことができるのか。

“海と空”はどこから来たのか、<本番>とは何か。

これは、琉花が触れた生命の物語。

(引用:公式サイトより)

シンプルに言えば、「言葉が苦手」で同級生と問題を起こし、ハンドボール部に出禁になった「琉花」が、「海」と「空」というテレパシックでニュータイプな子との一夏の経験を経て、最後には、ケンカした子とも仲良くなっていくというストーリーだ。

 

主要なキャラクター

琉花

(引用:公式サイトより)

自分の気持ちをうまく言葉にできず、学校ではトラブルを抱える中学二年生。ハンドボール部でチームメイトとモメて暴力で対話しちゃうくらいコミュ障なところはあるけど、言葉にはとらわれないテレパシックな感性を持つニュータイプな子。

父親とは別居中で、ともに暮らす母とも距離を置いている。

(引用:公式サイトより)

10年前にフィリピンの沖合で保護され、今は琉花が働く水族館に身を寄せている。偶然、琉花と出会い、琉花に対して好奇心を描く。ジュゴンに育てられた。

海中で長く暮らしていたためか、地上での乾燥にかなり弱い。定期的に水を浴びる必要がある。

先に結論から言ってしまえば、ただの人ではない「Space People(太陽系先住人類)」。

(「Space People(太陽系先住人類)についてはこの後の解説の部分で触れていくよ)

 

(引用:公式サイトより)

「海」と共にジュゴンに育てられた。

彼の兄として育ち、自らの出生の秘密を探るために、ジムに協力する一面も。

彼もまた「Space People」。

 

アングラード

若き天才海洋学者。

かつてはジムの相棒であったが、現在は異なる立場で「海」と「空」の謎を追う。

感性のあるニュータイプだけど、いろいろごちゃごちゃ説明がうるさい。美少年だから許される。

当たり前のようにいってるけど「何言ってるかわからないんだけど」と突っ込まれることの多かった人物

 

ジム

海洋学者。

「海」と「空」の謎に迫るため二人を“保護”・“研究”している。ハゲ。

 

メインシーンの解説

ここからはいくつか疑問の多かったシーンや物語を理解する上で大事なところをいくつか紹介、解説していくよ!

 

「巨大なザトウクジラの“ソング”」

さて、それではさっそく

この映画でものキャッチコピーある

「一番大切な約束は言葉では交わさない。」

というテーマについて触れられているシーンから紹介していくよ。

物語を理解する上で大事な要素がザトウクジラのソング。

映画の中ではこんなシーンがある。

ジム

「鯨の歌はね、とても複雑な情報の波なんだ」

「鯨たちはもしかしたら、見た風景や感情をそのままの形で伝え合っているのかもしれない」

「琉花は…思っていることの半分でも、伝えられたためしがあるかい?」

「鯨には、それができるのかもしれない」

(引用:漫画『海獣の子供』第1巻)

 

ザトウクジラは水の中で歌を歌う。

水の中では音は空気中よりずっと遠くまで伝わる。

鯨は歌を歌うことで、何キロも離れた仲間同士で会話している。

お腹の中の赤ちゃんを見る時の「超音波画像」もこのテクノロジーを利用しているんだって!

まさに「大切なことは言葉にはならない」という一例!

うーん、テレパスだね!

映画で登場する「海」と「空」は、海中の生物たちと言葉ではないコミュニケーションをとっている。

そして、「琉花」も彼らと同じように鯨の声を聴くことができた。

実際に、現実でも、鯨以外の動物や植物は、それぞれの「言葉にはならない」感覚に基づいたコミュニケーションを取り合って生態系が築かれている。

言葉以外による世界の認識、その一端でも感じることができれば世界を広げられるのかもしれないね。

 

パンスペルミア説

海獣の子供を理解していくうえで大事な要素それが「パンスペルミア説」

映画でもさらっとしか出てこないけど、これを知っていないことで置いてけぼりをくらった人も多いんじゃないかと思う。

 

「パンスペルミア説」は生命の起源に関する科学的仮説で、「そもそも生命は宇宙に広く多く存在しており、地球の生命の起源は他の天体で発生した微生物の芽胞が地球に到達し、進化した」というもの。

簡単に言えば、彗星や隕石に付着した微生物などによって生命がもたらされたということ。

 

これは<生命誕生の祭り>という物語を解き明かす手がかりともなっている。

 

作中にも「海のある星は子宮」「隕石は精子」といった表現が登場して、惑星という卵子に、隕石という精子が飛び込んでいくことで生命が誕生するということが示される。

星の。

星々の。

海は産み親。

人は乳房。

天は遊び場。

(引用:漫画『海獣の子供』第1巻)

という詩はこのことをほのめかす内容となっている。

 

彗星、隕石、人魂

琉花

「何あれ!彗星?」

「人魂でしょ。」

琉花

「流れ星?隕石?」

「人魂でしょ。」

琉花

「なんでもいい。すごいっ!なんでわかったの?」

「人魂が見てほしいって…見つけてほしいって言ってたから。」

「だってあんなに強く光るなんて、きっとみんなに見てほしかったんだ。」

「虫だって動物だって光るものは見つけてほしいから光るんでしょ」

琉花

(「そうか…わたし…学校で海くんに見つけてもらって、うれしかったんだ。」)

(「わたしは誰かに、見つけてほしかったんだ」)

(「わたしの見つけてほしいって気持ちも…海くんには見えちゃったのかもしれない…」)

(引用:漫画『海獣の子供』第1巻)

 

彗星(隕石)は、地球に落ちてくる時、一瞬光る。

パンスペルミア説を踏まえると隕石は「記憶」を運び、その光(記憶)を誰かに見つけてもらうのを待っているのかもしれない。

うーん、ロマンチックだね!

 

 

「海の幽霊(光=記憶)」

映画主題歌のタイトルにもなっている「海の幽霊」。

光を放ちながら、世界中の海の生物が1つの場所に集まる。

そして、光になって魚が消える。

「海」と「空」の二人をきっかけに、そんな現象が世界の様々なところで起きている。

その発光現象の謎を「海」や「空」は「ジム」と一緒に世界中を探して追いかけている。

彼らは発光現象のことを「海の幽霊」と呼んでいた。

そしてこの光は、世界のどこかの過去や未来の、“誰か”の記憶を含んでいるのだそうだ。

 

宇宙と人体

「海」と「空」の体にも発光現象が確認され、

ジュゴンに育てられたためか、海中に長く潜れ、

皮膚が異常に乾燥に弱かったりという普通の人ではない特徴を持っている。

そんな彼らの体を世界の真相の手がかりを知るため利用しようとする人々が研究する。

しかし、現代の科学で彼らの体を調べてみても、結果は「異常は何も認められない。普通の体」だと片付けられる

 

 

「科学の目では、俺たちの体で本当に起こっている事は見えないんだな」

アングラード

「この世界に在るもののうち、僕ら人間に見えているものなんてほんの僅かしかないんだ」

「宇宙を観測する技術が進んでわかったのは、どんな方法でも観測できない“暗黒物質”があるという事」

「宇宙の状態から暗黒物質がある事だけは観測できる」

「そしてその物質量の和は通常の物質の10倍かそれ以上…」

「つまり宇宙の総質量の90%以上は正体不明の暗黒物質が占めていることになる。」

琉花

「ほとんど全部ってこと?」

アングラード

「僕たちは、何も見てないのと同じだ。」

「この世界は見えないもので満たされていて、宇宙は僕たちに見えているより

ずっとずっと広いんだよ」

「僕は宇宙は人間に似ていると思う」

「人間の中には、たくさんの記憶の小さな断片がバラバラに漂っていて」

「何かのキッカケで、いくつかの記憶が結びつく…」

「その、ちょっと大きくなった記憶に、」

「更にいろいろな記憶が吸い寄せられて、結びついて大きくなっていく」

「それが“考える”とか“思う”という事でしょう?」

「それはまるで」

アングラード

「それはまるで、星の誕生、銀河の誕生する姿とそっくり…か。」

琉花

「(…宇宙と人…)」

(引用:漫画『海獣の子供』第2巻)

うん。

つまり何が言いたいかというと、「空」と「海」は地球の人じゃないかもしれないってこと。

じゃあどこから来たの?

海から?宇宙から?別の星から?

それってSP(Space People)じゃないの?

 

少し映画からは逸れますが、原作の漫画では世界の神話についてかなり触れられている。

神話とは文字通り「神のお話」だけれど、そこで登場する神は人体を持っていることがほとんどだ。

つまり神とは、我々と同じような「人体を持つ人」だったということ。

僕たち二重螺旋DNAとはちょっと違った身体的特徴を「海」や「空」のように持っているみたいだけどね。

作中のジムは、神話に登場する原人(神)に関係しているのではないかと「海」と「空」にあたりをつけ、

世界の謎を解き明かす手がかりを探していた。

 

言葉にはならない、あるいは言葉にまだなっていない世界を、神々(Space People=SP)は生きている。

そんな神々(SP)の世界から、言葉だらけの世界にひょっこり生まれてきたのが「海」や「空」だったのかもしれない。

SPの体からしてみれば、宇宙(海)の1割も感じることができていない今の地球の二重螺旋の人体は、

劣化、もしくは発展途上に過ぎない状態なのかもしれないね。

このことを踏まえると、光(記憶)を放ち、消えていってしまった「空」や「海」がどこへ行ってしまったのか?

そしてどこから来たのか?

その理由が類推できてくると思う。

 

<生命の誕生祭>

(引用:映画『海獣の子供』公式パンフレット)

もっとも意味がわからなかったと言われるのが終盤の圧倒的な映像美で描かれるシーンだ。

宇宙と人体の重なり

生と死

「言葉にはならない」生命誕生の物語を描いている。

息をのむほどの映像美にまさに「言葉を失った」人が多かったと思う。

「こんなのはやっちゃだめでしょ…というより映像にできちゃうんだ…」と正直ジェラってしまうくらいに美しかった。

ぜひ劇場でみて欲しいシーン。

言葉はいらない。

 

最後に琉花が隕石を食べるシーンがあるのを、疑問に思った人も多いと思う。

 

(引用:漫画『海獣の子供』第5巻)

 

もう一度隕石とはなんだったのかを振り返る。

これも映画では収めきれられていないので漫画から引用させていただく。

水に蓄積されてきた記憶。

体の組織がはるかに受け継いできた記憶。

隕石はあらゆる記憶を引き出して混ぜ合わせる。

(引用:漫画『海獣の子供』第5巻)

そう、隕石とはそれ自体が記憶であり、さらに記憶を混ぜ合わせるシンボル。

作品の中では、

空、海、琉花、アングラードが料理をして海の生物を「食べたり」

「空」が発光した際に水中の生物に「食べられたり」する

描写がいくつかある。

 

これは「食べたり」「食べられたり」すること、つまり「生きること」と「死ぬこと」。

特に「死ぬこと」によって、消えてしまうわけではなく、

混ざり合うことによって、

言葉にはならなくても、

あらゆる生命が形を変えて、

いろんなところに潜んでいることを暗喩している。

 

琉花は<生命の誕生祭>で、その膨大な記憶フォルダーを垣間見たんだ。

そして、隕石を食べることによって、体とその記憶を混ぜあわせたんだね。

 

物語終盤のセリフで、

「世界の秘密はそのヒントを、あるいはそれそのものを様々な形であらわしている」

「鯨が抱く女神や、島の時をすり抜ける少年の姿を借りて」

「海亀の瞳の色や、海岸の木の葉の形、」

「風の肌触りを通して、私たちに語りかけている」

「お前の小さな手のひらの中にある物語にも、世界は姿を借りて潜んでいる」

(引用:漫画『海獣の子供』第5巻)

というシーンがある。

体の五感の全てを通して感じる世界は「言葉に囚われて」いては見ることができないのかもしれない。

ニュータイプだった「琉花」やSpace Peopleだった「空」「海」は、言葉に囚われずに、色や音や形を感覚し、人体を通してテレパシックに世界を見ていたんだ。

 

終わりに

目には見えない世界がほとんどである。

それは言葉だけに頼るだけじゃとらえられない。

けれど人間の体には、本当はその言葉にはならない世界を感じることができる感覚が備わっている。

そういった感覚、テレパスな感覚を持った人が海中で育った「海」や「空」だった。

陸上で普通に育った「琉花」にも微かながらテレパスを感じることができた。

そして「空」と「海」との交流によってそのテレパス性を開花させていった。

巨大なザトウクジラの体内で直接“ソング”を聴き、

さらに隕石という記憶の翻訳ツールを用いて、

人体を通して宇宙の広さを垣間見、生命の物語に触れた。

人体と宇宙、様々な関係性との時間、記憶と約束を交わしたんだ。

(引用:漫画『海獣の子供』第5巻)

「一番大切な約束は言葉では交わさない」

この映画の感想でも「言葉にならない」=「理解できない」と解釈したり、

「どうせ理解できるものじゃないからOK」といったものも多く見受けられたけれど、

果たして「言葉にならない」から「分からない」で済ませていてもいいのかな?

 

「言葉にできること」だけを見て、他のことは「分からなくてもいい」と思考停止していないかい?

90%のことをわからない=正体不明で片付けてしまっている、このつまらなさ。

10%しか見ることができない僕たち地球人類は、実は宇宙の中で圧倒的なマイノリティなんじゃないだろうか。

「海獣の子供」で描かれる海の峻厳さは、

海(宇宙)から、

「赤点です。君たちはお呼びじゃないよ」

と言われているような怖さがあり、畏敬の念を抱かせる。

ひょっとしたら「海」や「空」のようなテレパスができるSpace People(太陽系先住人類)の方が多数派なのが宇宙なのではないだろうか?

宇宙の9割は暗黒物質。

海の9割は未解明。

脳は3%しか機能していない。

人体のDNAの97%をジャンク(ゴミ)として片付けてしまっている。

 

僕らが学ぶことはまだまだいっぱいある。

数字という言葉によって生み出されたAIやスマホといった道具に傾倒していることで

見えなくなっている世界がある。

または言葉じゃない世界、神秘やスピリチュアルに変に逃げすぎたりはしていないかい?

そして、僕たちはもっとも身近な「体」のことを本当に知っているんだろうか。

 

琉花のように思考停止せずに「言葉にはならない」ものを感じれる人間になっていきたいね。

地球人類はようやく、人体、そして宇宙を、

再現性のある科学として学ぶことができる時代に突入しているのだから。

 

世界や宇宙を知る鍵も、テレパスの秘密も、Space Peopleの秘密も「人体」にある。

SONKYO-ZINE(蹲踞人)は、この人体の秘密を学び続けている。

 

「言葉にできる世界」に飽きて、

「言葉にならない世界」に少しでも耳を傾けようとする

琉花のようなニュータイプ性を持った人に

『海獣の子供』のメッセージが届いたらいいね。

 

だからあえてここでは言わせていただく。

「一番大切な約束は言葉では交わさない…蹲踞で交わす」

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謝花也(しゃかや)


RSEL叡智教員科に所属しながら、保育園でこどもたちを育てている。三度の飯より叡智がすき。得意科目は自因自果。五層対論。

◉ ボディフィギュアタイプ
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