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かぐや姫に5人の皇子たちがフられた本当の理由。かぐや姫はロマンチストなテレパシストだった…

双樹
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RSELをどこまでも愛す叡智バカ。昼は保育士、夜はRSEL叡智教員として働いている。言語に長けているが本当はただ共に静けさを感じたいだけ…そんな雅な彼はウォシュレットの記事にズキュンされてRSELへと導かれた。時空の妙技である。

◉ ボディフィギュアタイプ 「いかりフジポ」の隠れ「猫背」型



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「かぐや姫の物語」

 

見たい見たいと思いつつ、

ジブリ映画はNetfrixやAmazon primeで手軽に見れず…

先日、ようやく蔦屋書店へ足を運び、

借りてきて、ついに見ちゃったぽよ

 

いや〜よかった・・・!

 

あの独特の日本画風タッチ

(出典元:『かぐや姫の物語』 © 2013 畑事務所 以下同様)

PVにも登場したあのかぐや姫の疾走シーン
(月に向かって十二単が剥がれていくシーンは個人的に好き)

そして、Twitterでうわさの「御門のアゴ」ww

この記事では、

日本最古の物語である「竹取物語」

そして、その原作を見事に現代に表現豊かなアニメーションとして蘇らせた

高畑勲監督の「かぐや姫の物語」

 

そこで表現される、登場人物の感情や、社会への問題提起は、

 

昔話でしょ・・・?

フィクションでしょ・・・?

 

と、バカにできない

現代を生きる我々日本人にも、

直接関係してくる普遍的なテーマ。

 

男女の関係性(亜空間知能)

都の息苦しさ(亜空間知能)

しきたり(亜空間知能)

 

はたまた

 

”幸せの定義”とか

“悲しみの置き場”とか・・・

 

そして、なにより、

この「SONKYO-ZINE」で

お伝えしている核心である、

 

あのSP(SpacePeaple)の正体。

 

それは、

元祖月面姉妹(!?)の

あのかぐや姫の心情を汲み取ることで見えてくる・・・!?

 

そして、彼らの高度なテクノロジーについての示唆についても・・・

 

いや~!!ね!

 

今回は、日本最古のSFとも言われる、

ロマン溢れすぎ注意なこの「かぐや姫」から、

地球の雅さなんて比じゃない

雅な、雅すぎるあのSPの実像についても

迫っていきたいところだ!

 

ちなみに御門のアゴについては、

「SONKYO-ZINE」だけが知っている

”人体端末理論”に基づいた解釈ありw

 

それじゃ、前置きはこの辺にして・・・

いってみよう!

 

「かぐや姫の物語」あらすじ

まずは、知らない人のために、

「かぐや姫の物語」(原作「竹取物語」)の

あらすじをざっくり言うと

 

①竹から生まれた姫が

②絶世の美女『かぐや姫』に成長し、

③男たちの求婚を無理難題で拒み

④月の世界に帰っていく・・・

 

という物語ですw

 

ざっくりすぎるんで

もうちょい説明すると、

はじまりは、

誰もが国語の授業で聞き覚えのある

あの冒頭のセリフ、

「今は昔、竹取の翁といふものありけり・・・。」

から始まる。

 

野山で竹を取っていたおじいさん

ある日、根本が光る竹を見~っけ♪

その竹をパッカ~ンすると・・・

あら不思議♪

竹の中から手のひらサイズのかわいい姫が・・・

ていうあまりに有名な冒頭のシーンだよね。

 

そっから、なんやかんや3か月ほどで、成人(早すぎぃ!)

おじいさんは光る竹から、今度は大判小判ザックザク

ウハウハになって重心が上がりまくったおじいさんは、

美しく育った姫を、「高貴な姫君」として育てることを決め、

都に通いつめ、姫のために屋敷と女中を用意。

無邪気な田舎もんと自然に囲まれて天真爛漫に育った姫は

ある日突然、これまでの生活とは真逆の、

しきたりと壁に囲まれる窮屈な生活へと一転。

そこで「かぐや姫」という名を賜る。

姫の美貌がうわさを呼び、

ぜひ、妻にしたい、という貴族のお偉いさん方が殺到。

しかし、かぐや姫は、そんな所有欲にまみれた貴族たちを、

”無理難題”で突っぱねる。

姫は、貴族たち(地球人)の頭重心で独りよがりな姿に、萎えに萎え、絶望。

そして、とどめはあのアゴ御門の圧倒的気持ち悪さで、

「もうやだ!!月に帰りた~い!!」

と思ってしまったが最後、

自ら望んで地球に降り立ったはずが、

月の一族総出で、お出迎えが来てしまい、

泣く泣く月にお帰りになられましたとさ♪

ちゃんちゃん♪

と、大体こんな感じなはず。

(解釈は諸説ありw)

 

かぐや姫と7人の皇子たち

あらすじを紹介したところで、

気になるのはかぐや姫がフッた男たち。

どんなハイステータスなプロフィールをお持ちか、

気になるところだよねっ

 

ところで、かぐや姫と言えば、フィクション史上においても

一、二を争うと言われるような絶世の美女。

どのくらい美しかったかというと、

 “此ちごのかたちのけそうなる事世になく、屋の内はくらきところなくひかりみちたり、

おきなここちあしく苦しき時も此子をみればくるしき事もやみぬ。はらただし事もなくなぐさみけり。”

 

つまり、

暗いところでは、ぴかーっと光って見えるほど、まばゆく輝き、

気分が悪くて苦しいときも、イライラしている時も、

かぐや姫を見れば、そんな負の感情も一瞬で吹っ飛ぶ、と。

 

さらに、昼夜問わず、寝ずに、家を取り囲むかのように、

人々がのぞき見をした、と原作「竹取物語」には書かれている。

 

つまり・・・

 

 

 

めっっっっっちゃ美人。

てことだね。

 

うん。

 

しかも男にも女にもめちゃくちゃモテたそうな。

 

完璧やん・・・

 

さあ、そんな死ぬほど美しいらしいかぐや姫に求婚を挑むは、

日本の貴族界ピラミッドの頂点に名を連ねるトップランカー5人。

それぞれが奴庶民の憧れである

富と名声を手に入れた誇り高き貴族たちだ。

 

自分の富と身分をフルに駆使し、

かぐや姫を我が物にしようと

ハナ息荒く言い寄る

この五人の貴公子たちがどんな男か、

プロフィールをサラッと紹介しよう。

 

エントリーNo.1車持皇子

こちら皇子。天皇陛下の子ですな。

めっちゃえらい人。

 

エントリーNo.2 石作皇子

こちらも皇子。しかもさわやかイケメンときた。

こいつは、曲者だ。

エントリーNo.3 阿部右大臣

右大臣。朝廷の最高機関、太政官の一つ(Wikipediaより)らしい。

今でいう内閣の人か、それよりえらい。当時だとたぶんもっとえらい。

エントリーNo.4 大伴大納言

大臣に比べてランクは一つ下がるが、大納言も、

庶民には、手の届かないくらいえらい人。

エントリーNo.5 石上中納言

中納言。大納言の下。でもやっぱりえらい。

 

さあ

これほどの男たちが、

自分の経済力とプライドをかけて

かぐや姫に言いよった・・・

 

が、

 

「おとといいらっしゃいな」

 

といわんばかりに無理難題をふっかけられ、

全員玉砕w

 

それどころか、自分のプライドやお金のことしか頭にない、

失笑ものの醜態を晒して、舞台から退場していく。

 

かぐや姫の前では、

浅はかな上辺の感情や

ウソ偽り、虚飾の類は、

すべて暴かれてしまうかのようだ。

 

さらに、このうわさを聞きつけた時の最高権力者、

天皇こと御門(アゴ)も、

「おもしろいではないか!

どれほどのおなごか、

これまで誰にも断られたことのない、

余が見てみよう。」

 

とばかりにのたまひ、

ラスボス(アゴ)出陣。

 

闇夜にお忍び、

 

後ろから抱きついたところ、

見事ドン引きされ・・・

 

それどころか、後日、

 


「もし私の申し上げることが帝のお言葉に背いていると仰るなら、どうぞ私を殺してくださいませ」

と、かぐや姫に凛とした態度ではっきりと突っぱねられ、

 

ラスボス(アゴ)撃沈・・・。

 

(ちなみにアゴの出しゃばりは、人体端末的には、「自己完結思考」の象徴。

その観点からみても当然の結果と言えるか・・・)

 

かぐや姫の無理難題の意味

 

これほどまでに、

富、権力、名声、すべてを手に入れた男たちを、

ことごとく沈めてきたかぐや姫は、

何を思って、突っぱねたのか?

 

原作ではあまりその辺が表現されずに、

原作を読んだ人が、

「男たちを弄んだ最低女だ!」

と非難するコメントも見られたり、

 

逆に、

 

女性陣からは、

「何もわかっちゃいないダメ男」

と貴公子たちがバッシングを受けたりもする中、

 

「かぐや姫の物語」では、

そんなかぐや姫の心情が、

よく表現されていたと思う。

作中、最も物議を醸すこの無理難題のシーンだが、

こんなにも男女や人それぞれで捉え方が違う

この無理難題の本当の意味とは・・・?

 

まずは、無理難題の内容をそれぞれ見ていこう。

 

妻になってほしい!と言い寄り、

欲望丸出し自己アピールをする貴公子たちは、

それぞれかぐや姫がいかに美しいかを比喩で表現する。

かぐや姫は

「では、それぞれのお気持ちが本気であるならば、その引き合いに出したモノを実際に持ってきてください」

と言い渡す。

 

見事、ブーメランで返ってきて、

唖然とする貴公子たち。

 

それぞれに課せられたミッションは以下の通り。

 

・石作皇子(いしつくりのみこ)

→仏の御石の鉢(天竺に一つしかない高級品)

 

・庫持皇子(くらもちのみこ)

→蓬莱山の玉の枝(根は白金、茎は黄金、白い珠の実の付く枝。まだ誰も実物を見たことがない)

 

・右大臣阿部御主人(うだいじんあべのみうし)

→唐土にある火ねずみの皮衣(最高級の燃えない布)

 

・大納言大友御行(だいなごんおおとものみゆき)

→龍の首の五色の珠(いわずもがな竜の首の玉。ドラゴンボールでいう神龍に戦いを挑むようなもの)

 

・中納言石上麿呂足(ちゅうなごんいそかみのまろたり)→

燕の子安貝(鳥が生んだ貝。入手不可能な伝説の品)

 

いずれも、この世にあるとも知れない、富や権力では、手に入らなそうな、まぼろしの代物。

無理難題も無理難題だ。

 

 

これはつまり…

そういうことですね、と。

 

つまり、もうバレていた、と。

かぐや姫にはあけすけだったわけ。

 

底の浅い、自分のことしか頭にない

貴公子たちの魂胆は。

 

でも、自分を育ててくれた恩人のおじいさんが望んでいることでもあるし、

自分へ好意を向けてくれているものを

はっきりとお断りするのは、あまりに無粋だ、と。

 

おじいさんにも納得して諦めてもらう形で、

「高貴な姫君」としてのタテマエを演じながら、

貴公子たちの機嫌を損ねることなく、

 

自分の要求を通すには・・・

自分の置かれた立場や状況=現在地を誰よりも踏まえているかぐや姫なりの、

多方向に礼節を汲んだ、教養に富む、

最上級にエレガントで賢い対応だったともいえるだろう。

 

だから、この無理難題は、

ホンネとタテマエの最高峰。

日本人がもつ感性の原点をここに見ることができる。

 

表面上の言葉ではないところでの共感・共鳴。

 

このタテマエの裏の意味がわかる、

雅でテレパシックな生身の人体。

 

その生々しいホンネが、

この無理難題の裏に類推できる。

 

そして、これらは世の女性たちのホンネをも

実は象徴しているのではないだろうか・・・?

 

そこには、

単なるフェミニズムではない、

均一平面化した現代男女論への

生々しいアンチテーゼとしての

かぐや姫の姿も見えてくる・・・

 

それを、高慢と捉えるか、

 

雅やかだなあ・・・と捉えるかは、

 

あなたの人体の共感力次第…

 

うん。

オトコもオンナも

かぐや姫を見て、

共感力を磨こう。

 

かぐや姫の本当の嘆き(この星テレパスできるやついない・・・)

 

さあ、そんなかぐや姫のホンネとは・・・

「SONKYO-ZINE」流に解釈してみた。

 

まずは、状況と流れを把握しよう。

「かぐや姫の物語」では、

この言いよってきた貴族が、

結局は、その動機が、偽りの「心」

であることを悟ったかぐや姫は、

誰も私のありのままの姿を見てくれる人はいない

と嘆き悲しむことになる。

 

さらに最後の一人は命まで落とす羽目になり、

その事実を聞いたかぐや姫は絶望して、

ささやかな楽しみとして屋敷内につくっていた自然を模した庭も、

 

「こんな庭、偽物よ!!私も偽物!!

みんな不幸になった!わたしのせいで!

偽物の私のせい!」

 

と自らの手で壊してしまう。

自分に近づこうとする周囲の男たち、

自分を育てた親代わりの翁の思いやり。

「高貴な姫君」というレッテル。

そのうわさに群がる表面上の興味関心(同調圧力)に動かされる大衆。

そして、その中心にある「かぐや姫」という存在。

 

すべてがウソ偽り。

 

この悲しみの星の「一人称障害」

その偽りの夢がもたらす、

誰も幸せになれない絶望。

 

相手に投影する頭の中の虚像なしに、

 

ただ触れ合う

 

ただ生きる

 

ことができないその悲しみが、

自ら地球に降り立つことを望んだはずの

かぐや姫を苦しめる。

誰も幸せになれないのは、

美しき「かぐや姫」として、

体をもって存在してしまう自分のせい・・・

 

そんなかぐや姫は本当は何を求めていたのだろうか?

その嘆きの真意は何だろうか?

 

ヒントは、かぐや姫の行動とセリフを追っていけば

見えてくる。

 

虚飾なき人体のありのままの姿を求めたかぐや姫のホンネ

 

かぐや姫は都に上京した後、相模という女官に

「高貴な姫君」になるための手習いを習います。

 

ですが、かぐや姫は、

「眉を抜いたら汗が目に入る!

「お歯黒を塗って口をあけると変よ!

お姫様だって、ときにはゲラゲラ笑いたくなることもあるはずよ!

涙を流したり怒鳴りたくなることだってある

高貴な姫君は”人”ではないのねっ!」

と相模に反発する。

 

”高貴な姫君”という装飾=偽りのために、

”しきたり”という言語束縛のために、

人体に備わった自然の機能まで捨て、

体から湧き上がる喜びや悲しみも抑圧し、

”人”ではないものになろうとすることに、

違和感をあらわにするかぐや姫。

 

ある日を境に、

冬の季節に、春を待ちじっと耐え忍ぶ動植物のように、

「高貴な姫君」としての立場を演じ切ることを決めたかのように、

抵抗しなくなったかぐや姫が、

春が訪れたある日、花見に出かける。

途中素晴らしい桜の木を見つけて、

その下で、その感動を、体全体で舞っていた

そこで自分にぶつかった身分の低そうな子どもの家族が、

平伏して許しを請い立ち去ったことに衝撃を受け、

花見もせずに帰路につく。

 

このように、人が自然に触れ合えない

社会の仕組みやしきたりや、

その同調圧力(亜空間知能)に絶望する

かぐや姫の叫びは、

現代の情報社会に生きる我々にも、

ダイレクトに刺さるテーマだ。

 

言葉で表現するのはいくぶん野暮かもしれないが、

そのホンネは以下のように解釈できるかもしれない。

 

「Who am I ?」

 

私は「高貴な姫君」・・・!?

おじいさんとおばあさんの家族!?

それとも、男たちを弄ぶ意地の悪い女!?

 

貴族という階級(同調圧力)があるせいで、

自然の美しさや素晴らしさを、

共有することすらできない・・・

階級・・・

肩書・・・

レッテル・・・

ネーム・・・

プライド・・・

お金・・・

なにそれ・・・!?

なんなの・・・・?

それが地球では必要なのもわかるわよ!

百歩譲ってね・・・!

でも、それって、ほんとにわたし・・!?

ほんとにあなた・・・!?

それが”生きる”ってことなの…!?

そんなことにからだを捧げる人生って・・・?

自己実現って・・・?

安定って・・・?

豊かさって・・・?

愛って・・・?

幸せって・・・?

全部ごまかし・・・!

ウソじゃないっ!

尊いこの”からだ(人体)”は、

”恋”だの”愛”だの”自分”だの・・・

そんなただの”言葉”でなんか、

できてない!

それを”わたし”と言うなら・・・

そこに”わたし”を求めるなら・・・

もういっそ、”わたし”を殺してぇぇえーーー!

ハァ・・・ハァ・・

結局・・・

この悲しみの星、地球に、

生身の共感・共鳴(テレパス)でつながれる人

いねぇぇえーーー!!!

 

 

もうあたい月帰る!!

 

 

・・・・

 

 

冬のあとには、春がくる。

 

四季と同じように移りゆき

めぐり続ける

人体のライブ感が失われた、

男と女の関係に、

社会に、

文明に、

地球に、

果たして希望はあるのだろうか?

 

こんな時代だからこそ、

言葉で表現することに意味がある。

 

かぐや姫の叫びを、

自分の体の叫びとして、

聞いてみたとしたら、

あなたは、どう感じるだろう・・・?

 

原作には出てこない「かぐや姫の物語」オリジナルキャラ「捨丸兄ちゃん」の存在

さて、そんなホンネを爆発させたかぐや姫が、

母親の機転で都を出て、訪れたのはかつて自分が育った地。

自然に囲まれ、自然と育ったかつての幼馴染たちがいた場所。

ふと聞こえてくるは、懐かしいあの歌。

まわれ まわれ まわれよ 水車まわれ

まわって お日さん 呼んでこい

鳥 虫 けもの 草 木 花

春 夏 秋 冬 連れてこい

歳を経て、冬が終わり、この地に戻ってきた

あの幼き頃に面倒を見てくれた

捨丸兄ちゃんたちだった。

お互いに大人になり、立場や家族がある中、

久しぶりの邂逅に、ホンネをぶつけ合う。

「なんでもないわ!生きている手応えがあれば!

きっと…幸せになれた」

「でもだめなの…もう遅すぎた…

あたしは誰のものにもならない!」

「いいじゃないか!そんなことどうでもいい!

俺はお前と逃げたいんだ!」

(重力を克服し宙に浮き上がる二人)

 

「天地(あめつち)よ私を、受け入れて!」

「喜びも悲しみも!この地に生きるものはみんな彩りをもつ

とり むし けもの くさき はな 人の情けを」

私、月に帰ります。その時彼女が来た着物は・・・

いきなり宙に浮き出す二人w

物語のクライマックスということもあり、

姫の心象風景や夢としての捉え方もできるが、

これを実際に姫が浮いている、と捉えると・・・

 

なかなかの問題のシーンだ笑

 

この後に姫を迎えに月からやってくるあのエレクトリカルパレード・・・

彼らの、

筋斗雲みたいな人が乗れる雲や、

(出典元:(C)「ドラゴンボールZ」製作委員会)

自我フレームの囚われがない子ども以外は、聴くだけで眠ってしまう催眠のような音楽、

戦う気すら一瞬にして削いでしまう「ワンピース」の覇気のようなもの・・・

(出典元:(C)尾田栄一郎/「ワンピース」)

 

彼ら月の民の、

少年漫画の粋を集めたような不思議な力を見ると、

あながち妄想とも言えなくなる。

 

そう。

 

雲、音楽、そしてあの天の羽衣・・・

それらは、”科学”としての理解がない時代では、

雲や音楽、羽衣としてしか表現できないものだったとしたら・・・

 

Space Peapleが地球に降り立つとき、

しばしば似たようなことが起こる。

歴史上、その時代には先進的すぎる科学が、

魔術や、神秘的な力、超能力、オカルト・・・などと

と捉えられてきたことは、過去にも多くあるが、

それは、史実がフィクションとして、

彩られるときにも多く為されているのかもしれない。

 

そして、”未知のもの”に恐怖を抱く

人間の性質も、いつの時代も変わらない。

 

この月の王が迎えに来て、

かぐや姫の地球での思い出(キロク)を消失させ、

月に連れて帰るシーン。

巷では、よく「月の王酷すぎww」

「感情がないように見えて怖い・・・」

と、恐れられる月の民だが、

 

あの多角的な判断を下し、

賢く、共感力が抜群に高い、

かぐや姫が姫君である彼らが、

 

月から見ている地球への視線や、

その高度なテクノロジーのレベルは、

地球人の恐怖ベースの人体の範囲では

捉えられないものなのかもしれない・・・

 

 

そして、

それでも、それでも・・・と

かぐや姫が遺した最後の言葉

「喜びも悲しみも

この地に生きる者は

皆彩りに満ちつつ

鳥虫獣 草木花 人の情けを・・・」

が地球人の希望であり、ヒントとなる・・・

 

地球の雅(みやび)さなんて比にならない・・・
宇宙人=太陽系先住人類SPが雅な美男美女すぎて・・・

 

さまざまな喜びや悲しみの感情、

醜さや、その裏にある美しさ、

地球の現状を、

望んで、あるいは、罰として

あるいはその両方か・・・

地球で生々しく味わった月の姫君は、

 

地球で自分と縁起のあった人々の、

情や思いを理解しながらも

やむにやまれず

月に帰って行ってしまった。

 

あるいは地球で待ち合わせていたのかもしれない

その縁起・・・

今度は、月で待ち合わせ。

 

 

本当の優雅さや本当の教養、

強さ、素直さ、美しさを兼ね備えたであろう

 

あの月の民に再び逢うには・・・

 

この悲しみの星で、

 

見つめなければいけない真実。

 

やらなければいけない宿題。

 

それぞれの人体における

 

”罪と罰”

 

がまだまだ山積みだ・・・

待つとしきかば今帰りこむ・・・

 

この美しき悲しみの星、地球。

 

このフィクションではない悲しみから

目をそらさず、虚飾で上塗りせずに

あなたのその”人体の真実”=【下腹重心】

その”叡智”に気づく

その準備ができるのを、

月で待ってる彼ら(SP)は、

待っている・・・

 

 

待ち合わせは、

 

 

月面で・・・

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