近未来へ向けた下腹重心教育メディア

もしも、秋葉原でオタクやってた奴が、アイドル(偶像)を脱しアイドル史を振り返ったなら。

WRITER
 
この記事を書いている人 - WRITER -


子供の頃から成績優秀、生徒会長もこなし、いつしか板についていた「優等生」キャラ。しかし、実のところはただの八方美人。そんなペルソナ=仮面を付けることで、自分の弱さを隠してきた。
もう自分のキモチをごまかしたくはない!肚の底から湧き出る感覚をもっと素直に表現していきたい!将来が保証されたエリートコースを辞退し、売れない作家見習いとしての道を歩みはじめる。小説を執筆しながら、当ブログでは、主に哲学などについて書いていく。

◎ ボディフィギュアタイプ
「猫背くるみ」の隠れ「いかり」型

どうも。何を隠そうかつてアイドルにハマってたジャネです!
くるみフィギュアのオタク性。集中とエネルギー!
しかし無知ゆえに、何をしたら良いかわからない。
そうして、やり場のないそれを、ものの見事にあらぬ方向へと向かわせた黒歴史。
シミジミと思う。オタクはもったいない!

そんなオタク界から這い出した経験をもとに、今回はアイドル史を冷静に振り返ります。

アイドルとは

アイドルとは、「偶像」「崇拝される人や物」「あこがれの的」「熱狂的なファンをもつ人」を意味する英語(idol)に由来する。
アイドル(idol)本来の意味は、「偶像、すなわち神や仏などの宗教的存在をかたどって造られた像」で、かつ「崇拝の対象」となっているもののことを指していた。
この用語が転用され、「若い人気者」としての意味で使われ始めたのが、いわゆる「アイドル」の起源なのだ。

始まりは20世紀前半のアメリカ。

戦前の1927年に「マイ・ブルーヘブン」をヒットさせた歌手のジーン・オースティンや、

1940年代に「女学生のアイドル(bobby-soxer’s idol)」と呼ばれて熱狂的な人気を生んだフランク・シナトラ

らがidolと呼ばれ始めた。
デビュー時のエルヴィス・プレスリー(1950年代)や

ビートルズ(イギリス・1960年代)らは、

日本でも「アイドル」として認知されていた。
並べてみると、現在の日本で言われる「アイドル」とは毛色が違う。
可愛らしい女性よりは、遠い存在で重厚な存在感を放ちつつも魅力がどこか神がかっていて、否応なしに惹きつけられてしまう男性の名前が並ぶ。
「アイドル」というより「スター」という感じなのだ。

その後アメリカでは「若い人気者」という意味におけるidolという言葉は死語となり、iconやpop starなどの言葉で置き換えられるようになっていく。

その一方で日本において日本型の「アイドル」が登場していく・・・

日本「アイドル」史~アイドルの成り立ち~

20世紀前半の日本。
日本の人気芸能人は一般的に「スター」と呼ばれていた。
テレビが普及していない時代における主力産業が映画だったことから、スターの大半は映画俳優や時代劇俳優であった。

片岡 千恵蔵(時代劇スター)

岡田時彦(無声映画時代を代表する二枚目俳優)

上原謙(戦前戦後の日本映画界を代表する二枚目スター)

ちょっとみてくれ!魅力がスゴイ。
カッコイイのレベル感が、最近の俳優やアイドルとは一線を画すものがある。また、

加山雄三、

吉永小百合

浜田光夫

3人は「青春スター」と呼ばれた。
圧倒的存在感!圧倒的魅力!庶民には手の届かない憧れの存在こそスターだった。

そして1960年代には、本格的なテレビ時代の到来、産業としての映画の衰退が起こる。

グループ・サウンズのブームが巻き起こる過程で、徐々に「スター」と並行して「アイドル」の呼称が用いられるようになる。テレビ、お茶の間が「スター」の非日常から身近な親しみやすさとしての「アイドル」を生み出していったのだ。

1970年代になると、女性アイドルが産声を上げ始める。
「スター誕生!」や「ミスセブンティーンコンテスト」、「ホリプロタレントスカウトキャラバン」などの大規模なオーディションが相次いで開催されるようになり、「スター誕生!」からは、山口百恵、ピンクレディーなどの人気アイドルが輩出された。


また当時、山口百恵、森昌子、桜田淳子の「花の中3トリオ」と呼ばれ人気を博した。
まだ、その頃の「アイドル」は手が届かない“雲の上の存在”であった。スターと同じ空気感がある。「アイドル」は憧れを源に熱烈な愛情を注ぐ対象でありながら、同性を含み幅広い層に共感を与える者として存在していた。

産業としてのアイドル~アイドルと経済~

そして1980年代。


松田聖子・小泉今日子・中森明菜ら若年層に向けたポップスを主とする歌手が活躍を始め、「アイドル」の呼称が市民権を得るようになり、一気にアイドル最盛期を迎える。
多種多様な「アイドル」が生まれた。
王道のアイドルはレコードリリースと歌番組を軸として活動しており、バラエティー番組出演や女優業などは、いわゆる「副業」という位置づけであった。シングルレコードは、おおよそ3か月程度で一枚を出すのが常で、とりわけデビュー前後においては、レコード会社及びプロダクションが最も力を注ぎ、多大な宣伝効果を期待していた。
それに拍車をかけるように、日本レコード大賞を筆頭に数々の賞を賭けた歌番組が80年代に勃興する。
各賞を獲得することが当時のアイドルにとってのステータスであり、その激しさは「賞レース」などとも呼ばれ注目されていた。


『ザ・ベストテン』『歌のトップテン』等のランキング番組は、その宣伝効果から、オリコンチャートに匹敵、むしろそれを上回る重要性さえ持っていた。
魅力で取り込み、競争に持ち込む。大切なあの娘をトップに押しあげたい!
その欲求は経済を生んだ。
アイドル産業の基礎はここで確立される。
その産業を支えたのは組織立ったファン。
コンサートやイベントなどでは、「親衛隊」と呼ばれる、事務所側から公認・支援を受けた全国的応援組織が複数存在した。
そして、メディア戦略がアイドル誕生のカギとなっていた。

そんな時、あの「おニャン子クラブ」が登場する。

仕掛けたのは、かの有名な 秋元 康 氏である。

テレビ番組から生まれたこのアイドルは、オーディションによってメンバーが加わると言う画期的なアイドル生産システムを採用。
成長過程をファンと共有し、存在そのものの魅力で活躍する、今の日本の芸能界における「アイドル」像の土台が作られていくのであった。

1990年代。

アイドルは鮮度。最先端を走っていたアイドルも20代でアイドルを休止し、アーティストや俳優(女優)などに転向することが多い。
そういったアイドルのライフサイクルとテレビの「歌番組」の減少と共にアイドル業界は「アイドル冬の時代」「アイドル氷河期」と呼ばれる時代を迎える。
バブル崩壊、不況も相まって鳴かず飛ばずの日々は続く。
どうしようもないその時期は、とりあえずのエロ路線、視覚に訴えるのが簡単だ。
そんな流れでグラビアアイドルが生まれ始めた。

かとうれいこ、細川ふみえ、山田まりやなどがCMやバラエティ番組などに進出。
イエローキャブが大活躍し、世に「巨乳ブーム」を巻き起こした。
身一本でコストのかからない、低リスクなその形態は不況の時期にはうってつけであった。

そして90年代後半。

80年代で生まれた秋元康産アイドル生産雛形が思い出したかのように復興される。
グループアイドルの台頭である。
それは冬の時代に燻っていたアイドルの条件をうまく満たした形で、タイミング良く登場することとなる。
一人の負担が減り、小粒でも多様な魅力がニッチな需要を満たす形態。
メディアを使った感情移入作戦で個々のキャラが自然体でPRできる画期的なシステム。
メンバー構成も一定に定めない諸行無常感がファンの心をさらにくすぐった。
「応援しなくちゃ、あの娘が消えてしまう」
それを最も活かしたのがASAYAN輩出、つんく♂プロデュースのモーニング娘。

↑実際に動画でみると当時の様子がわかる!
オーディション、デビュー、初々しさ、素人感、努力、成長、成功、失敗、あらゆるドキュメンタルが提供される。
ファン的には、
「テレビで泣いていたあの子は、ちゃんと頑張っているかな?」
「今度新加入してきた子はメンバーと馴染めるかな?」
など“ほっとけない症候群”を発症。大量の中毒患者を生み出した。
そこにカリスマ要素はあまりいらない。逆に邪魔なのかもしれない。

面倒くさくて時間のかかる圧倒的な天然素材を発掘するよりも、メディア戦略・印象操作によってアイドルを作り出す方が確実で効率的だ。
スター(星)は消え、アイドル(偶像)が踊る。
そんな時代になってきた。

2000年代。

成長物語を期待するファンに拍車をかける戦略が打ち出される。
アイドルの低年齢化ユニット形態による競争である。
「AKB48」「℃-ute」「Berryz工房」「スマイレージ」などが誕生した。

中でも注目すべきは2005年に結成された、ご存知「AKB48」であろう。

つんく♂プロデュース、ハロープロジェクト一人勝ち状態の表舞台の裏で、伝説のプロデューサー秋元康氏は裏でしっかりと動いていた。
・成長過程の共有
・多様な魅力でニッチの共感をすくい上げるグループ形態
・諸行無常感を煽るメンバーの流動性
これまでの必勝ポイントを抑えつつ、
・成長という振り幅をさらに追い求めた低年齢化
・ユニットによる競争システム
・舞台常設、握手会を含む会えるアイドル
という史上最強のアイドルの形態をしこしこと着実に仕込んでいたのだった。

応援という名の依存から、遂には「会える」という男の下心まで、
隅から隅まで屈折したエロスを刺激する、驚愕のシステムの完成だ。

売れないはずがないッッ!
アイドルファンの厳しい現実に阻まれた、鬱屈した自らの成長欲求を投影するかのように、ファンは彼女たちを愛で、応援した。
彼女らもその期待を一身に受けながら必死に頑張った。
ドラマ「電車男」でオタクという存在の認知度、アキバカルチャーの肯定感を生んだ時代の背景も相まって、注目度は日に日に増し、それは爆発的に売れた。
「にわか」という言葉まで生まれた。
昔からのコアなファン、にわか、流行。
様々な事象とあらゆる想いが入り乱れ、賛辞が誹謗が中傷が錯綜し、それぞれの立場のプライドとコンプレックスの振り合いは経済規模をさらに拡大させた。
そんな大波と渦の真ん中で、「国民的アイドル」の称号を手にしたのがAKB48だった。
もはやそれは時代の象徴だったのかもしれない。

2010年代。

「アイドルを名乗るタレントの数が日本の芸能史上最大」という状況になり、「アイドル戦国時代」と呼ばれるようになった。
秋元グループとつんく♂グループの寡占状態のアイドル市場において、新興アイドルは差別化集中戦略をとるしかなくなった。
ものの見事に多種多様特徴的なアイドルが大量生産される。

AKB48グループの拡大に付随して「坂道シリーズ」が誕生、

エイベックス・グループ所属のSUPER☆GiRLSや東京女子流のデビュー、

さくら学院から派生したBABYMETALの世界進出、

ももいろクローバーZの女性グループ初となる国立競技場ライブ開催

など、多数のグループが次々と活躍した。

それだけにとどまらず、

新潟のNegicco、愛知のチームしゃちほこ、福岡のLinQなど、ローカルアイドル(ロコドル)と呼ばれる、地域に密着したアイドルも誕生。
ネットやスマホが普及し切った時代背景も重なり、気づけば相次いで全国デビュー。

中には福岡のRev. from DVLに所属する橋本環奈のように、個人で全国区の人気を集めたケースもある。

さらには、地下アイドルと呼ばれる、テレビ出演などの日の目を浴びることは少ないが、小規模なライブやイベントなどを中心に各地で活動するアイドルも生まれた。

筆頭はメイド喫茶の従業員を中心に立ち上がったディアステージ発のでんぱ組.inc。

もはや「地下から這い出てしまった」と言われるが、イジメ、オタク、引籠りなどなどの人間ドラマを前面に出したキャラクターが売りだ。
【生きる場所なんてどこにもなかった】のサブタイトルは、やはりオタクのエネルギーの鬱屈を感じさせる。
ぶつけたいものがある、だけど、どこにも居場所がない。
それをアイドルという形で実現、表現したその有り様は多くのファンの共感を生んだ。
現代の若者が将来なりたい職業に芸能人やYoutuberを挙げる理由もここら辺にありそうだ。

他にも、最強の地下アイドル仮面女子、

アイドル界の暴走機関車BIS

などいるが、どれも灰汁の強い、ネガティブもポジティブもあけぴっろげの人間ドラマとキャラクターの力技が地下アイドルの魅力である。
ちなみに上の二組はライブ中の客席へのダイブも売りだった。
ただし、セクハラ防止のため、手のひらでなく、手の甲と腕で受け止めるという暗黙のルールがあったりする。
舞台は熱烈なファン(親衛隊)との連携で作られることも多くなってきた。参加型だ。

そして何より地下アイドルは会える。
ほぼ毎週、下手すりゃ毎日会える。多くの地下アイドルはシフト制だ。
お気に入りの子の出演日はその子のブログで確認する。
ほぼ毎日更新されるので、ファンは一日たりとも欠かさず彼女らの近況をチェックするのだ。
もはや非日常なのか日常なのか境目もわからなくなる。
まさにファンも人生をかけて彼女らを愛するのだ。
命の懸け処を誤った感は甚だしいが、アンタッチャブルさの中に恐ろしいエネルギー量がそこにはあるのだった。
そしてアイドルが引退するときは、また激しいドラマが生まれるのも事実である。

このようにして、川で砂金をさらうようなニッチな欲求の掘り起こしとやりとりが今もなお続いている。

アイドルファンという人々

とある中年地下アイドルファンは語る。
“アイドルとファンには「金」という現実をメタに、「アイドルとして成功する夢を応援するという物語」がファンとアイドルとの関係性の中心になる。
ステージを見ながらそれは虚構と理解し、でもそこに現実もメタに透かして見えてる。
貯金を溶かせばヤバいのはわかってる。かといって、ただただ夢を見続けるだけの若さはない。
アイドルには「売れる」という漠然とした先(ゴール)はあるが、ファンに先はない。
ヤバいですね、何やってんでしょうね
良いんですよ、楽しければ。“

自分の姿も状況も見えてる。その上でアイドルの追っかけをやってる。
現実を一切見ないで夢中になれるほど若くもない。だが応援してる今は楽しい。
でも自分がこうやってても、この場が楽しいだけだというのも理解してる。
どんどんいろいろな可能性がなくなっていく、将来に不安だってある。
このまま独身で孤独、親が歳をとり……未来を見てもロクな「現実的な終着点」が待ってない。
といった思考がグルグルグルグルしているのがアイドルファンの現実だ。
↓↓その現実がありのまま写されたドキュメンタリー番組を見つけたので時間があればどうぞ。

結構エグイ現実がそこにはある。

夢を見たいし追いかけたい、けど自信がないし傷つきたくない。
何より自分の人生に責任を負いたくない他責性、逃げが、若者の幼児願望から生まれた夢=偶像と結びつき、偶像を共有し合う。
それがアイドル。

インスタントなクライマックスの消費は関係性を育むことを忘れさせる。
発展的な関係性を紡げなくなることを代償に、お金が生み出されていることに僕らは気づいた方が良い。
そして人と向き合うことに一歩踏み出すべきなのだ。
でないと、虚構を媒介に、プライドとコンプレックスがさらに偶像経済を拡大させ続ける
その偶像が生み出す経済は、虚無と虚無が虚無を食べ合う経済なのだが・・・
そんなことには無知ゆえに誰も気づかず、今もなおその車輪は回り続けている。
その一つの形態がアイドル産業なのだ。

この記事を書いている人 - WRITER -


子供の頃から成績優秀、生徒会長もこなし、いつしか板についていた「優等生」キャラ。しかし、実のところはただの八方美人。そんなペルソナ=仮面を付けることで、自分の弱さを隠してきた。
もう自分のキモチをごまかしたくはない!肚の底から湧き出る感覚をもっと素直に表現していきたい!将来が保証されたエリートコースを辞退し、売れない作家見習いとしての道を歩みはじめる。小説を執筆しながら、当ブログでは、主に哲学などについて書いていく。

◎ ボディフィギュアタイプ
「猫背くるみ」の隠れ「いかり」型

Copyright© RSELeaks , 2018 All Rights Reserved.