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“「魂」ではない「生まれ変わり」その真実とは…!?” 超叡智映画『クラウドアトラス』徹底解説 その2

ビン隊長
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※前回の記事はこちら

“テーマは人間同士の出会い 

 生まれ変わり時を超え

      何度も出会う”

 

さて、前回に引き続き映画『クラウドアトラス』の第二弾となる今回の記事では、この映画のメインテーマでもある「生まれ変わり」について話そうと思う。

『クラウドアトラス』は、同じキャストが色んな時代の役を演じるように、記憶が時間と空間を越えて幾度も旅を続ける、いわゆる「生まれ変わり」「輪廻転生」を扱った作品だ。

だが、この「生まれ変わり」とは、一体何なのだろうか?

ここの理解が、この映画に対する理解の解像度を左右する、最も大きなポイントといえる。

世間で言う「生まれ変わり」といえば、仏教的な輪廻転生、いわゆる「魂」が存在してそれが色んな肉体に宿るという、「霊魂主義」の発想が主流だろう。

そして、クラウドアトラスを「生まれ変わり」の映画として観た時、この作品もまた、一見すると霊魂主義の「生まれ変わり」を描いているように思える。

だがRSEL寺子屋の教えでは、「そうではない」と結論づける。

それが、RSEL寺子屋の学長であるMaster.響が提唱する「人体端末理論」だ。

人体端末理論における「生まれ変わり」

人体端末理論とは、噛み砕いて説明すると、その名の通り、人体をスマホなどの端末の一種と見立てた理論のこと。

スマホが充電して電気で動くように、人体も実は、全身にくまなく纏われる微弱な静電気の力によって機能する。

それをRSELでは、触覚静電気と呼んでいる。

そして、人体端末がスマホと異なるのは、その人体が巻き取る記憶情報は、内部メモリやSDカードなどの固定されたパーツにではなく、その全身を流れる触覚静電気そのもの、そこに含まれる色と音と形という、抽象度を極限まで高めた情報、一次情報によって成り立っているということ。

だから、人体端末理論における「生まれ変わり」とは、「魂」といった完全情報=それ単体で永久不滅に存在する固定された存在(スマホにおけるSDカード)が別の端末にそのまま差し込まれて再現されるものではなく、触覚静電気という回転情報が、死後別の端末に再び人体静電気として巻き取られ、その人体において記憶が再現されることを意味する。

※参考記事

「魂」はあるのか?

こうして、静電気がある人体から他の人体への巻き取られることを、人体端末理論において量子飛躍(クォンタムジャンプ)と呼んでいる。

このように、「生まれ変わり」が霊魂=完全情報によるものではなく、触覚静電気という回転情報(=対による回転の中でしか生み出されないもの)による現象であることは、映画の中でソンミが語る以下のセリフにも表れている。

“知覚され、人は存在する

  他人の知覚を通して初めて己を知るのだ

不滅の魂の本質は言葉や行いによって決定され

   その因果の中 我々は永遠に生き続ける”

この人体端末におけるクォンタムジャンプは、例えるなら、インターネットにおけるクラウドサービスのように、端末を離れた情報場(5Dクラウドと呼ぶ)に記憶情報が担保されていて、その記憶情報が複数の人体端末で同時並行に再現されている状態と考えれば分かりやすい。

この5Dクラウドに担保された記憶情報=触覚静電気のもつれあいが織り成す記憶の地図、それがまさにこの映画のタイトル『クラウドアトラス=雲の地図』の意味であり、記憶と記憶が糸のように結びつき、また新たな記憶が紡ぎ上げられる、タイトルコールのエフェクトの意味でもある。

そして人体端末におけるその記憶情報の共有は、

量子物理学における「量子もつれ」により、「形」としての重なりの濃い複数の人体(=相似形の人体)において、時間も空間も越え、4Dを越えた5D的な「同時並行」として再現される。

だから、その相似形の人物(映画において同じキャストが演じる複数の配役)は、一方向な時系列の順番(古い時代から新しい時代へ)で記憶の時空を旅しているわけではなく、厳密にはどちらが先で、どちらが後といった順番もない。

そこが世間で言われる、「生まれ変わり」のイメージ(=来世は今より未来に生まれる)とは大きく異なる部分である。

その証拠に『クラウドアトラス』においては、6つの物語は一つ一つ時系列順には進まず、まさしく同時並行に、重なりのある場面で絶妙なカメラワークと編集により巧みに切り替わり続ける。

また映画内において、

・ネオソウル時代(22世紀)にソンミが首輪を外す時にできた火傷の後が、コメット型のアザとして、過去も含め他の各時空の主人公達に見られる。

  

・20世紀の作曲家であるビビアンが、22世紀ネオソウルのカフェでかかっていた『クラウド アトラス六重奏(シックステット)』を夢に見たことが、この曲の作曲につながる。

 

・時系列的には一番未来である文明崩壊後のザックリーの時代に人喰い族が登場し、一番古い19世紀の時代に地中から人喰い族の歯が見つかる。

  

などなど、時系列で捉えようとすると混乱させられるような演出が随所に見られる。

 

それら、同時並行に展開される相似形での記憶を、私たちは今この瞬間も共有している。

そして、目の前の人・モノ・場所が、相似形の記憶と重なる感覚、それこそが私たちの感じる”なつかしさ”の正体だ。

その”なつかしい”と思える光景は、実は過去のものではないかもしれない。

もしかしたら実は、この先に巻き取る未来の記憶かもしれない。

でも、本当は過去も未来もなくて、ただ今この瞬間に包み重なるだけ。

あなたの内に沸き起こるなつかしさは、いつかどこかのあなたの相似形の記憶であり、それはあなたであって、あなたではない。

そして、今のこの瞬間にあなたがその体で巻き取る記憶が 物語が、今度はあなたと重なる誰かの “なつかしい” へと変わっていく。。。

 

では、その『記憶』とは、一体どのようにしてつくられるものなのだろう?

次回はそのことについて話していこう。

ヒントは、記憶には実は、2種類あるということ。

 

“命は自分のものではない

 子宮から墓まで

 人は他者とつながる”

 

(つづく)

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