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◇Body Figure 職歴インタビューVol.2【前編】◇~職歴にどうボディフィギュアが関係していたのか~

花マツル
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花を生けたてまつるる。。

こんにちは。
Body Figure理論活用科のまつるです。

それぞれのフィギュアの持つ感受性が、今までの職歴にどう関係してきたのかを探っていくこのシリーズ、早くも第2弾☆
今回は前編後編に分けてお届けしていこうと思います。

 

今回は宇宙海賊団のこの方!

◇キャッスルさん◇(前:山さん)

ボディフィギュア
➡︎洋なしメインのフジサン隠れ猫背

【顔フィギュア】
➡︎洋なし春日強めの猫背、片目くりせん、いかり、はちくりせん、フジサン

以下、
キャッスルさん→(キ)

まつる→(ま)

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

(ま)キャッスルさん今日はインタビュー宜しくお願いします!

(キ)お願いします!職歴…昔まで遡るのが大変ですね。笑

(ま)キャッスルさんの職歴すごく気になります。以前お聞きしたことがあったのですが、ずっとその…デザイン系のお仕事をされていたんですか?

(キ)そうですね。アパレル系のデザインがメインでしたね。

(ま)子供の頃からそういうものに興味があったんですか?

(キ)そうですね…。子供の頃から絵を描くのがすごく好きでしたね。子供の頃はすごく暗い感じの子で、家庭での父親との関係性もあり、ずっとビクビクしていて安心出来ない環境で、だからこそ自分の世界に入り込みたかったのもあるかもしれませんね。それで絵の世界に没頭していたのかもしれません。

(ま)あ、噂の“丸太”のお父様ですね。“フジサン”的にも妄想をどこまでも膨らませる世界に没頭出来ることで、不安を少しでも和らげたかったのかもしれませんね。学生時代とかもずっと絵を描かれていたんですか?

(キ)そうですね。中高は女子校に通っていたんですけど、その時の担任に今後の進路はどうするんだ?と問われた時に、私にはもう絵しかないなと思って。

高1の時に『何で生きてるんだろう?』って本気で悩んだ時があって、その時に正直死のうかなとも思ったんです。でも死んだら周りに迷惑かかるなと思って踏みとどまって、その想いを絵にしようと思ったんですね。何でか表現したいなと思って。その時は二日間くらい何も食べれなかったですね。その時にガーッと作った作品が【死】や【絶望】を表現した作品でした。

その頃に自分には何もないなと感じていて、だけど、絵だけは描きたいと思って美大へ進むことに決めました。

(ま)絶望…。死のうかなってところまで行ったんですね。その作品見てみたいですね。

(キ)たぶん実家のどこかにはあるかもしれないですね。でも、もう、すごいダークな絵でしたね。暗黒時代。

で、美大には進んだんですけど、絵は好きだけど結局何をしたら良いかはわからなくて。とりあえずグラフィックとかを学んだりする商業デザイン科に入ったんですけど。所謂広告(2D)とかに活かせそうなデザインを学んでいたんですけど、すごく戦争経済的で正直やりたくなかったですね。

広告って大衆が見て、その大衆をコントロールする感じがあるじゃないですか。作ってもただのシンボリックなものでしかないし、そういうところには全然ピンと来なかったですね。

(ま)そうだったんですね。キャッスルさんの肌感にはあまりフィットしない感じのものだったんですね。そのグラフィックの学びを経て大衆操作をする広告は何か違うなと感じたとのことだったのですが、その後これやってみたいなとかいうものはありましたか?

(キ)はい。その後は広告みたいな2Dじゃなくてもっと3D的というか、人の体に近いもの、人の生活にもっと密着したものが良いなと思う様になりましたね。何か触れてもらえるものというか、人と人の間にあるものというか。

広告はただ見るだけのものでしたけど、やっぱり実際に使ってもらいたいなって想いが強かったんですよね。使ってもらえることはそこに色んな経緯・背景が含まれるじゃないですか。例えば洋服なんかでも、それを買って着て下さるお客様のストーリーがその洋服にどんどん刻まれていくわけですよ。それが何か良いなって。

自分が製作したもので人と人の架け橋になりたいなと想いましたね。
人の生活の一部に自分が作ったものがある。
それが私にとっての喜びでしたね。

(ま)何か…あたたかくなるお話ですね。ひとつひとつの洋服にその人のストーリーが刻まれるって良いですね。でも、どんなものでも本当そうですよね。

その想いで就職先も探されたという感じですか?

(キ)そうですね。身近にあるものを取り扱っている会社で探しましたね。ちょっと職歴もいくつかあってお伝えしきれないので、その中からいくつか抜粋してお伝えしますね。

(ま)はい。お願いします。まず大学卒業されて入った会社になりますか?

タオルやインナーウェアを扱う会社に入社

(キ)はい。東京にある会社だったんですけれども、タオルやインナーウェアを製作・販売している会社でした。その会社がもう面接の時点からやらかしてしまって…(笑)

(ま)え?何をやらかしたんですか?

(キ)300人くらい志願者がいたんですけど、大学卒業したばかりで経験も何もないので、もうやる気を見せるしかないと想って手紙を履歴書に付けて送ったら書類審査は通ったんですね。
で、面接の時に志望動機を聞かれて、私の頭の中では『世界を股にかけて』と言いたかったんですけど、緊張しすぎて『世界に股をかけて!!』と言ってしまったんですね。
そしたらもう面接官の御曹司の方がお茶を吹き出しましてね…。それでなんと合格しました(笑)

(ま)・・・(笑)

(キ)はい…。(笑)そこでは企画・デザインを任されていました。企画部は50人くらいでしたかね。ほぼ毎日終電コースでした。
一つの製品を出来上がりまで一人で責任を持ってやっていました。他社さんとのやりとり、アポ取り、プレゼンとかもすべて自分でやってましたね。図案屋さんにパターンを依頼したり、百貨店・量販店ともやり取りしてたり、下請け工場や印刷会社にも依頼したり。

その点に関してはBFの洋ナシ的踏ん張りと顔フィギュアの春日の行動力がきいてたのかもしれませんね。

フィギュア的に想い返すと、フジサンはすごく活用出来ていたと想いますね。糸の染め方をどうしようとか、糸をどう紡いでいくかとか、タオルの毛足を短くしてその上にプリントどう施そうとか、イメージ的に膨らませることがすごく役立っていました。

何から何まで一人で踏ん張ってやっていたので、その頃のあだ名は【農耕馬】でしたね(笑)『収穫の時期だろ!働け!!』みたいな。(笑)

(ま)農耕馬…(笑)ある意味可愛がられていたんですかね?(笑)

(キ)そうですかね(笑)

(ま)フィギュア的に周りにいた方々との相性はどうでしたか?

(キ)そうですね・・・。企画室長(男性:くるみポッキー)はとにかく奇人変人でしたね。ユーモアがあるけど、絶対にはずさない。御曹司でハーバード大学卒業で怖いもの無し的な感じの方でしたね。おふざけがすごく好きな方だったんですけど、でも気配りもすごく出来る方で頭のキレも良かったので、周りからは尊敬されていましたね。

私のこともよく見て下さっていて、声かけもよくしてくれました。なので一人で頑張っていたとはいえ、変に取り残されてる感がなく働けていました。室長は人を叱るというより、いたずらしながらもちゃんと方向を修正してくれる感じの方でしたね。

(ま)面接して下さった方ですよね?あのお茶を吹き出した…(笑)それだけユーモアある方なら、キャッスルさんのあの面接の時の『世界に股をかけて!』はツボに入ったでしょうね(笑)

(キ)そうですね、気に入って頂けました(笑)

あとは、Sさん(男性:いかり、くりせん)も面白くて、怒ると青くなって震える特徴のある方でしたね(笑)

(ま)青くなって震える!?・・・

(キ)はい(笑)彼は私がすごく苦手だった数字をいつも把握してくれてサポートしてくれましたね。彼といつも2人で打ち合わせとか商談をしていました。バディ的な関係性でほぼほぼ時間を共にしていましたね。男性という感じよりも、兄弟的な、いつも気にかけてくれるお兄ちゃん的な存在でした。

あとは図案屋さん(くるみかも)。的確にこちらの要求を汲み取ってくれる方でした。その方は仕事の業務内容だけの関わりというよりも人としてちゃんと関わってくれてる感のある方でしたね。私に『あなた人をナメてるよ。』とちゃんと突きつけてくれました。その後の人生でもその言葉がずっと響いています。
自分は名詞が嫌いだと言いながら、結局会社にどっぷり浸かっていて会社の方針を無意識に周りに押し付けて自惚れていたことにその時気付かされました。

(ま)言いにくいこともちゃんと伝えて下さる方はそうそういるものではないですよね。仕事的にはすごくハードで精神的にも結構キツイ仕事だったと思うのですが、環境的にはちゃんとサポートして下さる方がいて下さったから続けられたというのも大きいですかね?

(キ)そうですね。何やかんや人に恵まれていたかもしれないですね。あとはやっぱりこんだけハードな仕事でも何とか耐えられたのは、やっぱり洋ナシが入っていたからっていうのも大きいかもしれませんね。しんどいけど耐え続けたみたいな。あとは顔フィギュアに入っている春日の行動力にも助けられていたと思いますね。

(ま)マスター響からボディフィギュアを教えて頂いてから、今までの人生を振り返ってみると、本当にそのボディフィギュアが入ってなかったら乗り越えられてなかったんじゃないかってことがいくつか想い出されますよね。
私も洋ナシ春日が入っているんですけど、朝から夜中までほぼ休みなしで働いていた時は、たぶんその二つのフィギュアがなければすぐ倒れてたと思います。

(キ)そうですよね。今想い返しても、本当に体にありがとうですね。

この会社では、学生時代から感じていた、人の体に近いもの、人の生活に密着したものを作るという自分がやりたかったことに触れさせて頂けたので、忙しかったですけどすごく充実した時間を過ごさせて頂きました。

(ま)それだけ充実していたということなのですが、辞めるきっかけは何だったんですか?

(キ)辞めるきかっけは、三越に営業に行った時にオスカーデラレンタというデザイナーにお逢いしたんですね。その時に彼から色々と刺激を頂いて、たまたまNYの話題が出た時に直感でもうNYに行こうと決断したんです。

彼も人の体にフィットするものをデザインして作っていたので、彼の商品を見させて頂いた時に今よりもっとフィットするものを作りたいなとも思ったんです。

当時勤務していた会社も儲かってはいたし、勢いもあるし、給料も良かったけど、でもこのままで良いのか?という漠然とした不安もあったんですね。それと自分が学生時代から抱いていた、もっと納得する物作りをしたいなとも思っていたんです。
あと、職場や業務の関わりの中で、名詞とかバッチでしか人を見ていなかった周りの環境が嫌になったというのもありますね。そんなものが通用しないところに行きたいというのもありました。アメリカに行けば誰も自分のことを知らないし、それまでに積み上げた名詞を一回捨てられるかなと思って。それで辞めることを決断してNYに旅立ちました。

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

まだまだキャッスルさんの職歴インタビューは続きますので、前編はこの辺で!
後編もお楽しみに〜!

 

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