【3S政策/日本人バカ化計画】一億総〇〇社会の行く末とは・・・!?

双樹
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RSELをどこまでも愛す叡智バカ。昼は保育士、夜はRSEL叡智教員として働いている。言語に長けているが本当はただ共に静けさを感じたいだけ…そんな雅な彼はウォシュレットの記事にズキュンされてRSELへと導かれた。時空の妙技である。

◉ ボディフィギュアタイプ 「いかりフジポ」の隠れ「猫背」型



ID @sekirintaro

3S政策を知っているだろうか。

3つのSの政策…

そういえば、ちょっと前に、アベノミクス「3本の矢」っていう政策があったね

安倍首相が打ち出した「3本の矢」は、
なんか言葉が難しくて、ぜんぜん分からなかったって人も多いと思うけど、

3S政策はもっと僕らの生活に身近で、かつ覚えやすいから、
今回はぜひ覚えていってもらおう

まず、3つのSとは

「SEX(性産業)」

「SCREEN(映画)」

「SPORT(スポーツ)」

のことだ!

う〜ん、なかなかのSだね。

しかし、最近ではこの3つのエスに、

「SNS!」

という超ドSが追加され、

4Sと言ったりもするみたいだ。
(ちなみにアベノミクスにも第四の矢があったらしいよ)

4S(ふぉーえす)政策!

かっこいい響きだ。

その中身は誰でも一度は体験したことのあるコンテンツだけど、
一体、どういった政策なんだろうか?

 

3S政策とは・・・日本人バカ化政策

戦後、日本人をバカ化させる政策。
奴隷化とも言える。

「え〜!バカ化?奴隷化?!Sだけに?!」

そう。
戦後、GHQが日本を占領するときに、
これらの娯楽に目を向けさせ、
僕ら庶民をうまく操作し、政治(マツリゴト)に対する関心を逸らさせる政策なんだ。

要は、
「おしゃぶりあげるから、オトナの世界には口出ししないでね」
と言ってるようなもんだね。

 

「そんな子供だましに引っかかるわけないじゃん。俺らナメすぎww」

そう思う人もいるかもしれない。

だけど実際はどうだろうか。

では、一つずつ見ていこう。

 

SCREEN(映画)

休日は映画を見るって人もいると思う。

まあSCREENだから、ドラマとか、最近だとNETFLIXとか
映像作品であればなんでも同じだと思うんだけど、

泣ける映画、笑える映画、怖い映画…
いろいろあると思うけど、
これが僕らの日常に及ぼす影響って、
実はけっこうヤバかったりするんだ

切り取られたクライマックスを演出するSCREENのヤバさ

映画で、ドラマティックに描かれる刺激的な世界や
クライマックスの感動を体験することによって、何が起こるかって言うと、

ドラマティックではない現実の日常が
無感動になってしまったり、
刺激的なクライマックスを常に期待して、
日常に対して、せっかちになったりするようになる。
また、それによって、日常で抱いていた不満や違和感が、スッキリして解消され、
ガス抜きされてしまったりもする。

映画だけじゃない。
現代は、意図的に切り取られたドラマティックな広告や、即席なコンビニ的刺激、
クライマックスな感動を演出する
コンテンツに溢れている。

よりドーパミンが出る刺激を求め即席の快楽ばかり追い求めるようになりがちってこと。

行き過ぎるとドラッグや犯罪に手を染めることにもなったりもする。

「いやいや、そうはいってもさすがに自分はそこまでは絶対にいかないよ」

って思う人がほとんどだと思うけど、

でも、実はこれがヤバイんだ。

 

スピードを求める現代社会の行き着く先は・・・〇〇

今の社会ってスピードの速い情報社会で、
速ければ速いほど良いってなっていってる。

パソコンやスマホなんか、一世代前の型ですら、おっそ!!
ってなっちゃうほど、技術の進歩とともに、スピードを求める僕らのものの見方が着実につくられているよね。

これによって、僕らは、

  • 繰り返し繰り返しやること
  • 着実に積み重ねること
  • ちょっとずつ工夫すること
  • 機を待ってじっと忍耐すること

ができなくなり、結果的に

人との関係性をつくることが面倒くさくなる!

人間関係って、感動的な場面だけじゃないよね。
むしろそんな場面って日常ではほとんどない。

長い時間を共に過ごして、生身で信頼関係を築くというプロセスが必要だと思うんだけど、

情報社会・スピード社会で生きる僕らは
些細なことで苛ついたり、
常に何か急かされているような気分だったり、
で、不安を掻き立てられ、
つい人間関係をコンビニ化するようになってしまう。

人間関係や人生プロセスを息を長く積み重ねることが面倒くさくなったものたちが、
行き着く先は・・・

やっぱりVR仮想現実!

自分の好きなときに、
好きな人と、
好きなことをできる世界。
相手に合わせたりしなくて済む完全に自分だけの世界。
誰もあなたの邪魔をすることがない無限の妄想の世界。

そんな世界に3S政策SCREENは繋がってるとしたら・・・?

 

あなたにとってのリアルとは・・・?

多くの人が、実際に現実には、映画やドラマで演出されることが
日常では起こることなど滅多にない、とわかってはいても、
どこかで、それを望んでいる自分がいると思う。

また、逆に映画で描かれる、
戦争で人が死ぬ描写や現実に起こる悲惨なドラマの物語などを
どこか自分の現実とは関係のないもの、
映像の中のものとして切り離して見てしまっている。

要は、自分の見たいものだけを見ることが、助長されるのが、映像SCREENの世界だということだ。

これからVR技術の進歩によって、
その日常の些細な望みや見たいもの、
フラストレーションをデフォルトしてくれるもの、
現実から目を背けさせてくれるものが映画よりもっと臨場感高く味わえるコンテンツが
あなたの周りに溢れて、当たり前になっていくだろう。

そうなったとき、あなたは、自分にとってのリアルとは何か、選択しなければならない。

 

あなたにとって、本当のリアルとは何だろうか?

 

SPORTS(スポーツ)

これは観戦するのと、実際にスポーツをやるの、どちらもあると思う。

今日、世間で盛り上がっているスポーツといえば、
戦後日本に根付いた、戦争経済スポーツの象徴、サッカーだ。

小学生男子のなりたい職業不動の一位は、サッカー選手。
続く2位も野球選手、とスポーツの人気は絶大だ。

スポーツをやたら正当化する人のウソ・・・

はっきり言おう。
スポーツは根本的に偽善である。

スポーツをやっている人にスポーツの意義は?と聞くと、たいてい

  • 健康増進・ストレス発散
  • コミュニケーションの増進
  • 広く見れば経済発展・国際親善
  • 明るく元気にいきいきと・・・
  • 豊かな心と他人に対する思いやりの心を・・・
  • 青少年に夢や感動を与える・・・

偽善の匂いがぷんぷんする言葉の並びだ。

それで戦争がなくなるのか?
否。
むしろ、国際スポーツは戦争そのもの。
国と国との争い、民族主義を誘発する分割統治の象徴である。

多くの観衆のドーパミンを煽り、
その裏では巨額の資本が動き、
大衆の浮かれる隙に国会では勝手な法案が採決され、
有名スタープレイヤーはその広告塔として、大衆のアイコンになり、広告経済に寄与する。
そして、その様子を天竜人はVIP席からシャンパン片手に悠々と見下ろしているのだ。

その間にも戦争で人が死んでいるのは変わらない。
むしろ、スポーツが戦争の引き金になった歴史もあるくらいだ。

でも、何が言いたいかというと、
こんなこと知らなかったでしょ?って言いたいわけじゃない。

こんなことを偉そうに語るのも所詮、
被害者意識を助長させるだけの貧乏陰謀論の類だろう。
調べれば出てくる話だ。偽善に変わりはない。

 

“sport”の語源から見る、文明を放棄した僕らの姿

かくいう僕も小中はサッカーをやっていた。

僕はどちらかと言うと、身体を動かすのが好きだったから、
スポーツをやるのが好きだったんだけど、

振り返ってみれば、
やっぱり映画と同じように、違和感を運動でスッキリさせてしまって、
深く洞察したり、突き詰めたりすることがなくなってしまっていたな、と思う。

しかも、そのおかげで、一方向的な身体の使い方が板についてしまって、
RSELで下腹重心稽古をする上で、それがいかに人体の自然な動きを邪魔しているかを知り、
スポーツなどやらなければよかった、と今では後悔している…

スポーツをしていた経験からRSELでの学びを照らし合わせると、
スポーツはよそ見だ、ということがわかる。

スポーツ(sport)の語源が、
「憂いを持ち去る」
あるいはportare「荷を担う」の否定形「荷を担わない、働かない」という意味の
「deportare」
であることがもうまさに…である。

日々の生活で感じていることを忘れたいがために、
僕らがスポーツ(遊び)をするっていう安易な、分離したものの見方を、
その意味が象徴しているのが分かるのではないだろうか?

言いたいことはまさにこれだ。

僕らは担いたくないのだ。文明を。

働きたくないのだ。文明のために。

そして、その文明を担い、働いてもらうのが、人間ではなく、AIロボット…
僕らが望むことが実現する未来はすぐそこだ・・・。

「スポーツが趣味です」・・・の違和感、ホントは感じていませんか?

スポーツは、憂さ晴らし。
プロスポーツ選手は、憂さ晴らしの見世物。

もちろんスポーツをやることを否定したり、
スポーツ選手個々人の人生の様々な背景を否定するのではない。

でもスポーツを観戦する人たちで、ゴールシーンや感動的な場面の選手のガッツポーズの
その奥行き、背景を汲んでくれる人なんて、ほんの一部しかいないのも事実ではないだろうか?

まさにクライマックス、として日常から切り分けているのであって、
その収束する末路は、SCREENで説明したとおりだ。

それでもまだ、あなたは、
ドヤ顔でスポーツが趣味だ人生だと言い張るのか?

ほんとは…そう言う自分にどこか違和感を感じてるんじゃないだろうか?

身体は憂さ晴らしのためにあるのか?

ぜひ、真剣に問うてほしい。

 

SEX(性産業)

まあ要するにエロだね。エロ。

エロス!

性と言えば、僕ら生き物に関わる大問題だ。

だって、性(エロス)がないと僕らは生まれてこなかったよね。

お父さんとお母さんもそのまたお父さんとお母さんも、そのまたずーっと前まで先祖を遡っても、
エロスとエロスが交じり合って生まれてこなかったものはいない。

そう、誰しもエロスからはじまった…

誰でも思春期には、性に興味を持つ。
男であることと女であることは、生命の本質に迫る科学なんだ。

決して下ネタではない。
もっと高潔で、もっと大切にすべきものなはず…

でも
僕らはこの性(エロス)のことを話題にするとき、下ネタと言い、
ある種の罪悪感や恐れを感じてしまう。
それはなぜだろうか?

実は、それ自体が刷り込まれた洗脳であり、
エロスを捻じ曲げ抑圧する「現代恋愛教」の信者である証拠なんだ。

セクシャリティが文明レベルを表す指標

RSELでは、性の解像度が文明の解像度である!
と結論を出している。

僕らの性の捉え方が、文明を創っているとも言えるんだ。

文明って…そんな壮大な話だなんて…!
って思うかもしれないけど、

性と文明を分離して捉え、
自己愛や独占欲のドーパミンの渇きを満たすための恋愛をし、
シアワセそうな空気で、メディアに取り沙汰され、そしてゴールイン
「結婚」という言語束縛に囚われ、
三年後にはドーパミンが切れ、ハイ離婚!

そんな芸能人カップルよく見るよね。

アレが現代の男女関係の象徴で、
メディアや映画やドラマで僕らが刷り込まれている男女像だ。

まさに、恋愛のエンタメ化!

そんな低解像度な男女関係への捉え方が、
人体のエロスを抑圧し、ストーカーや痴漢と言った社会問題にもなっていたりする…

それによって、よりオキシトシンの分泌を促す男女の触れ合いを互いに恐れるようになり、
VRの中に引きこもるようになっていく…
そんな文明の劣化がもう始まっているんだ…。

フェミニズム、草食系男子、オネエタレント、LGBT・・・
その末路は旧約聖書のソドムとゴモラの神話で描かれている通りだ。

では、こんな文明に誰がしたの?って

僕らじゃん!

そう、3S政策に被害者意識を持つのは自由だけど
それを自ら選択して、違和感を無視し、生きる目的を忘れ、
憂さ晴らしの奴隷になったのは…

僕らじゃん…!

 

 

あと、この話は、
もっと性を開放しよう!
フリーセックスバンザイ!

と言いたいわけではない。

むしろ自分の死と文明を踏まえた
慎みや礼節のある男女の触れ合いが、
本当に次世代に残すべき社会や文明を創る鍵なんだ。

文明を担い、そして託していく一人の大人として、
ぜひ、エロについて、真剣に見つめ直してみてはいかがだろうか。

 

SNS

参照:Freepikによるデザイン

最後にSNSだ。

SNSについては、SNSの系譜の記事に詳しく書かれているから読んでほしい。

いいね!のためにあなたは生きているのか?

友達申請でつながった友達って何?

自撮りをしているの?
自撮りをされているの?

さあ、どっち・・・?

 

3S政策がつくった一億総〇〇社会

さて、どうだっただろうか?

いかに、3S政策が僕らの日常に浸透しているかが分かっただろう。

奴庶民の日常は、
恋愛ドラマと健康フィットネスと趣味エンタメに埋め尽くされ、
ふと休み時間にラインニュースを開けば、芸能人の色恋、スポーツエンタメ盛りだくさん、
「ねえねえアレ見た?〇〇と〇〇が結婚したんだって!」「えーマジ?!意外」
「〇〇勝ったってよ」「ウソだろ?ぜってー〇〇勝つと思ってた」
「〇〇面白いよね」「ね、〇〇出てるし、もう超かっこいい〜マジ卍!」
政治経済に関するニュースはと言えば、
「…あ、へえ〜…うんうん(わからん)」

週末は映画やドラマを見て、泣いたり笑ったりしてスッキリしたり、
アフター5には、フットサルで爽やかに汗を流し、家ではお気に入りのチームを応援したりする。
ゲーム好きは暇さえあればゲームに興じるかもしれない。

 

まんまと骨抜きにされているではないか!!

結果的に
アベノミクス「3本の矢」にも興味がなくなってしまう…(そこじゃねえ!けど)

一億総活躍社会ならぬ、一億総奴隷社会になっちゃってるってね。

日常で感じる違和感や不安や不満の正体を突き止めようともせず、
それを忘れさせてくれるコンテンツに自らを浸し、
地球の裏側で今も尚続く戦争や
逝きし世の面影など忘れ去られ、
目の前に差し出された飴玉にしゃぶりつく日常がどうやら僕ら奴庶民の姿らしい。

古代ローマ帝国では、
奴庶民は「パンとサーカス」に興じていた。
パンは食糧、サーカスは競技場=スポーツ観戦を意味する。全く関心事は現代と変わらない。
いつの時代も無知な奴庶民は、うまい具合に管理者の手のひらの上で転がされている。

 

僕らは今、何のために生きているのか・・・?

ずっと誤魔化してきたけど、
やっぱりここらではっきりさせよう。

僕らは今、忘れるために生きている。

本当に大事なことが何かを忘れ、
自分が何者か
どこから来て、どこへ行くのか
分からなくなっている。

少数の人は「違和感」を感じて、自分探しの旅に出るも、
どこに行っても、「自分」という存在を確認し、美化し、正当化する気休めコンテンツや偽善天使しかいないから、
余計さまようばかりだ。

僕らが、3S政策で展開された「ガス抜き」
に同意し、スマホやSNSでかりそめの満足や偽りの自由を追いかけ続ける中で、
失ってきたものは、

生きる「目的」だ。

目的を見失うとどこに行けばいいかも現在地すらも忘れて、さまようことになる。

ドライブで例えると、
暗い夜道で、目的地もなく、
ヘッドライトが照らされる中だけで、
進む道を決めているようなものだ。
気になる看板や標識があれば、
ひょいひょいとハンドルをきってしまう。

その先で見つけた、かりそめの宿でちょっとよくされ、
それに報いることが自分の生きる意味や目的だ!ようやく見つけた!とホッとし、定住を決め込む。

本当に大切なことが何かを忘れて…

目的をおもいだすためには、
やっぱり「学ぶ」ってこと。

僕らは「学ぶこと」を失ってしまった。
学ぶことを諦め、SCREENやSPORTやSEXに逃げた親、そしてあなた…
その一人一人の観測者効果が積み重なって、この社会が出来上がっている。
4S政策はそのシンボルに過ぎない。

あなたは、今、

忘れていることに気がついていますか?

本当に大切なことを想い出すために、学んでいますか?

「人は何故学ぶのか
学ぶのは知識を得るためでも職を得るためでも出世のためでもない
人にものを教えるためでも尊敬されるためでもない
己のためじゃ
己を磨くために人は学ぶんじゃ」

「人は何故学ぶのか
与えられた役割を果たすためではない
かりそめの安泰に満足し
身の程をわきまえ
無知で世間知らずで
何の役にも立たぬ己のまま生きるなど御免です
何故学ぶのか
この世の中のために己がすべき事を知るために学ぶのです
私はこの長州を、日本国を守りたい
己を磨きこの国の役に立ちたい
そのために学びたい
まだまだ学びたい」

「花燃ゆ」より

なぜ学ぶのか?
やむにやまれず、自問自答し、
葛藤し、志高く、
日々を生きていた、
そんな人たちがいた…

あの時代から、大戦を経て、
僕らは何を失った?
何を取り戻す?
何を学ぶべきか?

4S政策が象徴する、学ぶことを失わせる人生の「ガス抜き」システムは
もう現代において完成していると言っても過言ではないだろう。

止まらない時代の流れは、
僕らを忘却の彼方へ巻き込んでいく…

それでもあなたは、忘れるために生きますか?
それとも想い出すために学びますか?

「Do not go gentle into that good night,

Old age should burn and rave at close of day;

Rage, rage against the dying of the light.

穏やかな夜に身を任せるな

老いても怒りを燃やせ、終わりゆく日に

怒れ、怒れ、消え行く光に」

映画「インターステラー」より

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